Bにとって夜は、ただ眠って過ごすにはあまりに長く、静かすぎた。
何もかもを覆い隠す黒い幕が、一旦すべてに目隠しをして、何食わぬ顔で次の日をつれてくる。
夜は物事を変え、人も変える。
寝てしまったが最後、自分もそこで、強制的なリセットの波に飲みこまれてしまいそうな。
自分でも知らないうちに、昨日とは違う自分に塗りかえられていそうな。
そんなバカげた空想が、幼い頃からBの中にはあった。
寝ている間に、母親が出ていってしまった記憶が関係しているのかもしれないと思うことはある。
ただとっかかりがなんであれ、夜に対するそんな妄執は、容易に消えることもなさそうだったし、特に抗う気もなかった。
「お兄、また出かけるの、バイト?」
「朝には帰るから、お前は寝てろよ」
寝ないと背が伸びないよ、ともうすぐ高校生になる妹の頭をかき回すと、図に乗らないでと幼い顔がふくれた。
それを笑いながら、深夜の家をあとにする。
うっそうと草の茂る庭を突っ切り、オレンジ色の街灯がぽつぽつと立っている県道に出た。
ここ最近で急激に背が伸びて、ようやく見た目が年齢に追いついた。
ありがたいことに、おかげで収入源の幅が広がった。
酒を出す店でも雇ってもらえるし、そうすると夜中でも仕事があるのが嬉しい。
白い息が星空に溶けるのを見あげながら、バイトをもう一つ増やそうかと考える。
遊びたい盛りの年頃の千歳は、高校に入ったら、何かしら欲しいものがたくさん見つかるだろう。
女の子のそうした物欲は、微笑ましいほど歯止めが利かないのをBは知っていたので、できうる限り満喫させてやりたかった。
眠らなければ、時間は意外とある。
そしてBにとって、眠らずにいることは、そう苦でもなかった。
――“お兄に部活をさせてあげたかったの”
千歳は泣きながら、ノートにそう書いた。
初めて妹に手をあげた、その手のひらが熱を持って、じんじんと痛む。