「帰り、Bが運転してったら?」
「免許ないもん」
「こんな場所で、誰も見てないよ」
Bは正直、少し迷い、でもやっぱりいいよ、と辞退した。
「運転はできるんだろ?」
「でも、日本の免許もないんだ」
「都会っ子? 学校に行くのに、車いらないの?」
思わず笑った。
日本とこっちじゃ、田舎という言葉の持つ壮大さが違う。
「すっごい田舎だけど、なくてもなんとかなったんだ」
ふーん、とうなずく彼の好奇心に満ちた目に、ふと記憶が重なった。
明らかに都会から出てきたばかりで、田舎の文化にぽかんとしていた女の子。
どうしたらいいかわかっていない様子のわりに、物怖じもせず、困っていますので助けてくださいとまっすぐに訴えてくる。
変わった子だなあと最初は思い、のちにそれが、いわゆる「育ち」のなせる技であることに気がついた。
愛情を注がれて育った人間は強い。
何よりも強い。
生き物に、仲間うちの情や親子の愛が本能として組みこまれているのは、そのためだ。
強い子孫を残すため。
Bの中で愛情というものは、なんとなくそう結論づけられていた。
「B、こっちでクリーニングの体験、させてくれるって」
「ほんと」
チームメイトの手招きに、寄りかかっていた壁から跳ね起きた。
身体を使うのも好きだけど、手指を使うのも好きだ。
ガラス張りの別室に向かいながら、ゆっくりと時間の流れるこの空間を、半分心地よく、半分居心地悪く感じた。