会社名をあげると、へえと先輩は驚いた。

万里先輩の会社と私の会社は、系統こそ違うものの、週刊誌から書籍まで扱う総合出版社で、完全に競合だからだ。

名刺欲しいなーと営業らしいことを先輩が口にした時、みずほ、と呼ばれた。



「こんなとこにいたの、探しちゃった」

「私は順路どおりに歩いてました」



私の反論も気にせず、何か食いに行こうよ、と先輩がきょろきょろする。

館内案内図を探しているんだろう。

そこに会社の先輩が声をかけた。



「僕、佐瀬さんと同じ部署の者で、片山といいます。よろしければ、お名刺を」



嫌みのない仕草で名刺を差し出して、にこりとする。

でも万里先輩は、Tシャツにジーンズに手ぶらで、どう見ても名刺なんて持っている雰囲気じゃない。

そう思ったのに。



「あっ、お世話になってます」



ぱっと微笑んでそう挨拶すると、お財布から名刺をとり出して、交換した。



「伴さんも営業をされているんですね」

「最初の一年は、必須なんです」

「御社の広告に、興味あるんですよ、先日地下鉄をジャックしていた、あれにはご関係が?」

「僕の部署です、担当は違いますが」



ふたりのやりとりを、ぼんやりと見守った。

先輩、なんだか。

こんなに近くにいるのに。

いつだって会えるのに。


どこかあの頃より、遠くに感じます。