「私は、向こうの涼しさにびっくりしました」
「水風呂入りたくなるけど、この狭いバスタブだとむなしいよね」
「都内だと、限界ですよね」
お手洗いが独立しているだけでも、いいほうだと思う。
うーんと先輩がほおづえをついて考えこんだ。
「少し離れたとこで部屋探そうかなあ」
「もう引っ越しちゃうんですか」
「だって住むとこって大事じゃない?」
…そうですけど。
ここだって、周りはあったかい商店街で、便利で都心にも近くて、いい環境なのに。
ねえ先輩。
あの部屋はもう、ないんですよ。
善さんの部屋は、東京にはないんです。
ねえ先輩。
まだ、何か探してますか。
先輩はスーツ姿になると、かなり人が変わって見える。
まあ中身はいつもどおりなんだけど、見た目だけだと、なんていうか、すごく、その、なんだろう。
「俺、生まれて初めて、軽そうって言われちゃった」
「それです!」
会社帰りに夕食をとりに来た居酒屋さんで、私は思わず叫んだ。
指ささないの、とつい立てた人差し指をしまわれる。
「ほんとに? 俺、そんな感じする?」
「純粋に、見た目だけなら」
焼けて茶色い髪と、学生時代から変えていないせいで、社会人としてはラフなヘアスタイルとか。
あとは、周囲を気にしないマイペースで独特な立ち居振る舞いを、スーツという服装が“物慣れた”ように見せてしまうに違いない。
そう、軽いというよりは“物慣れた”だ。