「先輩…」
汗ばむ身体を、そっと揺すった。
万里先輩はきつく目を閉じて、苦しそうに浅い息をくり返している。
先輩、と髪を梳くと、指にしずくがつくほど汗に濡れているのがわかる。
先輩、起きて。
ふいにまぶたが開いて、黒い瞳がぼんやりと私を見た。
額の汗を手で拭いてあげると、少し周囲を見回して、その視線がはっきりしてくる。
「うなされてた?」
「少し…」
「ごめん、起こしたね」
髪をかきあげた先輩が、片手で顔を覆って、荒い息をついた。
枕元の明かりに、首筋の汗が光る。
「シャワー浴びてくる、寝てて」
「冷たいお茶、いれます」
私も布団を出ると、バスルームに向かっていた先輩が少しためらって、でもにこっと笑った。
万里先輩には、時々こんな夜がある。
善さんの家にいた頃は起こらなかったことなのか、私が気づいてなかっただけなのか。
つらい記憶に襲われているんだろうか。
昔の怒りが蘇るんだろうか。
それとも、あの時思いとどまれなかった夢を、見ていたりするんだろうか。
訊けないし、先輩も教えてくれない。
私、何もできない。
「こっちの夜って、暑いねー」
のんびりと言いながら、タオルで頭を拭きつつ先輩が戻ってきた。
少しだけ甘くしたアイスティをテーブルに並べると、嬉しそうに笑って口をつける。
もう梅雨の終わりも見えはじめて、夏が近い。