Bという男は眠らない。
噂どおり。
一緒に寝たはずなのに、ふと気づくといなくて、ベランダで煙草を吸っていたりする。
「お酒でも飲む?」
ガラス戸を開けて声をかけると、ぱっと振り向いた。
暗がりでも、その顔がすまなそうに笑ってるのがわかる。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「あの子のこと、気にしてるんでしょ」
隣に行くと、Bは煙を吐いて、黙った。
私も欲しいと伝えると、手すりに置いていた古臭いパッケージから、一本くわえさせてくれる。
火をつけてくれた時、夜の闇の中に、綺麗な指が浮かびあがった。
ものすごい味の煙草、と最初思った。
何か凄まじく雑につくられたような、そんな味がする。
そのへんの木の葉でもまぜたの、と訊きたくなるような。
まず、と思わず口をついて出る。
「そんな無理する意味、どこにあるの」
「俺はこの味、けっこう好きなんだけど…」
「煙草じゃないよ、あの子の話」
あの子なんでしょ、“一番”て。
くるくる巻いてる栗色の髪の、お人形さん。
この間あの子に会ってから、Bはすっかり変だ。
口数が少なくなったかと思えば急に増えたり、いつにも増してぼんやりと、上の空で。
何考えてるかさっぱりなのに、そういうところだけわかりやすいなんて、ヘタな奴。
「かわいそう、泣いちゃったね、きっと」
「その話、もうやめない?」
Bがそわそわと、居心地悪そうにする。
じゃあ話題変えてあげるよ、仕方ないな。