「やっぱり、この部屋で吸うの、よす」
「どうして、つらくないですか?」
「みずほの匂いが消えちゃうから」
理解するのに、少しかかった。
やっぱりずるい、そんな不意打ちみたいに。
顔も見せないで。
抱きしめる腕を、渾身の力で引きはがす。
照れくさがって全然目を合わせようとしない先輩に、ぶつけるようにキスをして。
卑怯者、という思いをこめて、散々に唇を合わせた。
善さんの部屋を出た先輩から、あの頃と同じ匂いはしない。
けど確かに、これが先輩だっていう匂いがあって、それが私を安心させてくれる。
少し開けた窓から、風がふわりと入りこんだ。
揺れるシェードが、優しい日差しを部屋に入れる。
運ばれてくる、春の香り。
この香りの下で、私は先輩と出会った。
呼んでよ、と先輩が言った。
「俺の名前」
微笑んで、私の涙を唇ですくってくれる。
ねえずっと、そうやって笑っていてくださいね。
笑えない時は、つらいと教えてくださいね。
もう絶対に、ひとりで隠れないでくださいね。
どこかへ行きたくなったら、言ってくださいね。
「好きです…」
「名前だってば」
好きです、と泣きじゃくる私を、先輩が笑う。
あやすように顔中に、キスをくれる。
ねえ先輩、好きです。
会いたかった。
会いたかった。
先輩は、仕方なさそうに噴き出して。
ぎゅうっと抱きしめて、うん、と髪をなでてくれた。
「俺も」