暮れた海から吹きつける風が、先輩の髪を揺らす。

その顔は、どことなく楽しげに、満足そうにも見えた。



「で、結論としては?」

「逃げるのやめたら、何か変わるかなって」

「よくできました」



偉ぶって褒めてあげると、黒い瞳が笑う。

その笑いは、なぜかいつまでも終わらず、楽しげに、くすくすと続いた。

困惑する私を見て、さらに笑う。

なんですか、と腹を立てると、もっと笑う。



「うんって言えばいいんだっけ」



えっ、とつぶやく私を、優しい笑顔が見た。



「約束」



我ながら呆然と、それを見返す。



「…言うだけじゃ、ダメなんですよ」

「俺、そんなに信用ない?」



どの口で言ってるんですか。

にらむと、困ったように笑う。



「言ったら守るよ」



波の引く音が、かすかに届く。

空はもう、星がきらめきはじめている。

口を開いたら、この瞬間が全部壊れて、実は夢でした、なんてことになりそうで、身動きできずにいると。

地面に置いた私の手に、先輩が自分の手を重ねた。



「…勝手に、ひとりになりませんか」

「うん」

「どこも行かない?」

「うん」



顔が寄せられて、私の額に唇が落ちる。

にこりと微笑む顔が、のぞきこんだ。



「他には?」

「…約束というか、お願いがありますが」

「いいよ、何」



温かい手。

涙が浮かんだ。



「…私を、みずほって呼んでくださいませんか」



予想外のお願いだったらしく、先輩は目を丸くして。

何か言いかけてやめると、考えるように視線を泳がせ。

やがて、照れくさそうに笑いながら。





「そのうちね」





ずるい答えと一緒に、きゅっと手を握って。

濡れたまぶたにキスをくれた。