「自己満足で結構。俺はずっとそうやってきたんだよ、今さら直んない」
間髪入れず飛んだ、千歳さんの容赦ない平手打ちに、いてっと声をあげる。
彼女のこの手の早さに、今日かなり驚いた。
先輩の失踪には理解を示していると思っていただけに、なおさら。
千歳さんが文字を打つ。
先輩の言い返す言葉だけが、私に伝わってくる。
「すねてるとか言うな。時間くれたっていいだろ」
「それは、そうだけど」
「俺だって好きなこと、してるよ、決めつけるなよ」
突然、千歳さんが端末で私を指した。
先輩がうろたえたようにこちらを見て、すぐ地面に視線を落とす。
「お前にそんなこと、言われたくないよ」
怒りもあらわに画面をつきつける千歳さんに、先輩は渋々といった様子でそれに目をやり。
その視線は、千歳さんと端末と私の間を、しばらく行ったり来たりした。
両手を上着のポケットに入れて、居心地悪そうに足を踏みかえる。
やがて先輩はうつむいて、だって、と子供みたいにつぶやいた。
「だって、お前、まだ喋んないじゃん…」
ぽつりと。
これだけは言わないって、決めてたみたいに、苦しげに。
千歳さんが、また殴るかと思った。
けど彼女は、手を握りしめて、立ちすくんでいた。
少しの沈黙のあと、先輩は顔を上げないまま、駅のほうへと歩きだす。
千歳さんが、追いかけたがっているのが伝わってきた。
でもきっと、私を置いていくわけにいかないせいで、ためらっている。
振り向きもせず、足早に去る先輩の背中を、もどかしげに千歳さんが見つめる。
いいから追いかけて、と言いかけた時。
聞いたことのない、声がした。
「――お兄!」