「千歳さん、学校楽しそうでしたね、先輩のおかげですね」

「父親もじいちゃんも、千歳も知らないことだけどね、母さんはずっと、俺たちのために仕送りをしてくれてたんだよ」

「えっ、そうなんですか」

「俺はそれを貯めておいて、千歳に渡しただけ。まあ母さんの連絡先は知らなかったから、ちょっと探したけど」

「でも、それを全部残しておくことができたのは、それ以外を先輩がご自分で稼いだおかげでしょう?」

「ちょっとは使わせてもらったよ」

「悪ぶってもダメですよ」



煙を吐き出しながら、むっつりと海を眺める。

少しシャープになった横顔は、それでも先輩の柔らかい印象を損なってはいなかった。

さらさらと髪をもてあそぶ風を、目を細めて受けている。

何を考えてるんだろう。


そこに、足音がした。

聞こえてるくせに、先輩は振り向かない。

その頭を、千歳さんが端末で叩いた。



「いて!」

“さっきはごめんね、でもお兄が悪い”



堂々と謝りながらふんと兄をあしらう千歳さんは、以前と同じショートヘアだけど、どこか大人っぽく、綺麗になった。

彼女は最初短大へ行き、在学中に奨学金の給付を受けると、“浮いたお金”で四年制の大学へ編入した。

来年で卒業のはずで、週の半分くらいは在宅の勤務が許される仕事に就きたい、と以前言っていた。



「どうせ俺が全部悪いよ」

“そういう態度が一番よくない”



フードをつかんで引っ張り起こされた先輩は、よろけながら立ちあがって、ジーンズの砂をはたく。



“みずほさんにお礼を言った?”

「なんの?」



また端末で叩かれる。

千歳さんが猛烈な勢いで画面に文字を打ちこみ、先輩をにらみつける。

先輩は、よほどこの会話に慣れてるんだろう、逆さからでも文字が読めるみたいで、千歳さんが打ち終えるのを待たずに口を開く。

私はもうスピードについていくことができず、ふたりの口げんかを見守っていた。