「…痛いですか」

「いくら母親だからって、強くなりすぎだよね」



千歳さんに殴られた頬を押さえながら、先輩がぶすっと答える。

驚愕したことに、平手じゃなく、グーだった。



“私の頭が冷えるまで、海にでも行ってて”



玄関にすら入れてもらえなかった先輩は、言われたとおりに、すぐ近くの海岸で手持ちぶさたにしている。

さすがにちょっと、かわいそうになった。



「一歩くん、先輩のこと覚えてましたね」

「千歳の話で、俺を知ってるってだけだろ」



機嫌まで悪い。

ここは先輩の実家から、県の中ほどまで海岸線を北上したあたりだ。

砂浜から道路へ続く土手に座った先輩は、空き缶に煙草を落として、すぐまた次に火をつける。



「お母様も、お元気そうでしたね」

「言うほど普段を知らないけど」

「いい加減、機嫌直してください」



隣に座ると、目の前に薄い青の海が広がる。

先輩の実家から見えるのと、同じ色の海。


ここにつれて来てくれたことに、驚いた。

千歳さんに会っていってほしくはあったけど、私を同行させてくれるとは、思ってなかったから。


今朝、目を覚ました時、私はひとりで。

部屋を飛び出し、庭に駆けおりて、煙草の煙に迎えられた。



『おはよ』

『…おはようございます』

『なんか、お人形みたいだね』



おかみさんから借りた花柄のネグリジェを指して、くわえ煙草の先輩がのんきに笑う。

息を切らす私に、あのさ、と首をかしげた。



『今日、あいてる?』