『いてっ』
『何も変わってねえじゃねえか。それで社会人きどりか。受けた恩も返さねえ奴は、一人前と認めねえぞ』
『善さんには俺、ちゃんと挨拶したじゃん』
『俺じゃねえよ、嬢ちゃんにだよ』
殴られた頭を押さえる先輩と、目が合う。
その顔は、ふてくされているようでもあり、気まずそうでもあった。
『ま、いいや、晩飯まで店手伝えよ』
『じゃあ私、おかみさんのお手伝いします』
先輩が何か言う前に、さっと家に上がらせてもらう。
彼のためらいを背中に感じつつ、ごめんなさいとそれを振りきった。
嬉しそうに腕をふるったおかみさんのお鍋を囲んでいるうち、だんだん気がゆるんだのか。
お手洗いから戻ろうとした私は、突然平衡感覚を失って、壁に頼らないと歩けないくらいになった。
不思議と頭は冴えていて、どれだけ飲んだっけ、と記憶を探る。
『あらみずほちゃん、大丈夫?』
『ごめんなさい、平気です…』
『上の部屋、まだあいてるのよ、泊まってったら』
とんでもない、と言いかけた時、何かが私にささやいた。
いやでも、とそれを打ち消しつつ、でもでも、とさらにそれを否定する自分がいる。
『あなた、この子、泊めてあげたほうがよさそうよ』
『どうした嬢ちゃん、珍しいな』
『お布団出してくるわね』
『俺の道具、寄せちまってくれよ、おいB』
久々の家庭料理なんだろう、旺盛な食欲でお椀をかきこんでいた先輩は。
お前面倒見てやれ、という指示に、激しくむせた。
『…えっ? 俺?』
『俺? じゃねえよ。こんな嬢ちゃん置いて、ひとりで帰る気か』
『いや、だって』
困惑の顔が私を見る。
なんだろこの気分、仮病で学校を休んでいるような。