言いながら、はい、と携帯を返してくれる。

受けとろうとしたけれど、先輩の手は、なぜかそれを離さない。

見あげた私を、微笑みが迎えた。



「その時ね、なら俺だけはって」



切なくて、痛ましくて。

優しい優しい、微笑み。





「俺だけは、絶対忘れるもんかって、思ったんだ…」





どっちが先だったか、覚えてない。

気づくと私は、先輩の首に腕を回し、その頭を夢中で抱き寄せていて。

同時に息もできないくらいきつく、抱きしめられていた。



「喋れもしないくせに、千歳が笑うたびね」

「先輩…」

「俺が忘れたら、千歳の傷は、ほんとになかったことになっちゃう気がして」



先輩、と乾いた手触りの髪に指を通すと、私の身体に回された腕が、ぎゅっと力を増す。

バカな先輩。

純粋すぎるくらい優しくて、愚かな先輩。


千歳さんが、幸せに笑うほど。

彼女のぶんまで、怒りと傷を背負おうとした。

千歳さんが声と一緒にしまいこんだものを。

自分だけは忘れまいと、固く誓って。


そんな自分に、疲れ果てて。

つい忘れたいと揺れた自分を、責めて。



「どうしたら自分を許しますか?」

「どうやったって、許せないよ」



千歳さんの傷を、防げなかったことも。

傷に気づいてあげられなかったことも。

怒りを捨てられなかったことも。

そんな中で、私と過ごしてしまったことも。


全部全部、自分が悪いと決めつけて、背負う気でいる。