『直人が見に来るってトチ狂ってるんだけど、何か言ってやってよ…』
「いいじゃない、槇田先輩が来てくれたら、みんな喜ぶよ」
どこの保護者、と真衣子が吐き捨てる。
彼女は学科総代として、明日の卒業式でスピーチをすることになっていた。
『みずほ、こっちのホテルにいるんでしょ? うちに泊まればよかったのに』
「朝早く出たいから。ちょっと久しぶりだし、あちこち寄ろうかなって。おばさまによろしくお伝えしてね」
じゃあ明日ね、と十数分の電話を終え、ビジネスホテルの固いベッドで身体を伸ばした。
クローゼットには、明日着ていくスーツをかけてある。
先輩の言った“来月”は、あと半分もない。
連絡をもらえるとは期待してなかった。
だけど、向こうが私に会おうとしてくれるなら、絶対にこの日を選ぶだろうと、確信があった。
私の、大学最後の日。
大きな荷物は、駅のコインロッカーに入れた。
4月に向けて用意したグレーのスーツに身を包んで、学校までの道を歩く。
標高の高いこのあたりはまだ肌寒く、桜はつぼみもふくらんでいない。
遠くの山には、紅白の梅の花が見えた。
石造りの校門を入ったすぐのところにあるバス停の、ベンチに腰かけた。
式までは、だいぶ時間がある。
開会の1時間前である開場にすら、まだまだ時間がある。
入学式の日も、会場に入れないまま、こうして空をながめて時間をつぶしたんだった。
――東京の人?
それが第一声。
私と先輩の、始まり。
気がついたら、うとうとしていたらしい。
腕時計の長針が、記憶と半回転くらいずれているのを見て、意外と緊張感のない自分に驚く。