『ご連絡先を頂戴できますか』
「…携帯の番号でも、よろしいですか」
はい、とてきぱき応じてくれる女性に、番号を伝えた。
折り返しご連絡いたします、と快活な声で通話を終えられそうになった瞬間、あの、と思わず声をあげた。
「…どんな方ですか。ええと、御社とのおつきあいなどは」
『弊社の歴史、科学系の雑誌などで協力いただいているライターさんです。情緒的な文章も書かれるので、お仕事の幅は広いですね』
「お若い、方ですか?」
『そうですね、学生でいらした頃から、弊社のオープン企画などに寄稿いただき、原稿を買いとらせていただいていました』
「学生の頃から…」
そういえば先輩の机には、たいてい閉じられていたけれど、ノートPCが置いてあった。
あの頃から、ものを書いてたんだろうか。
筆不精のくせに。
「あの、フルネームはなんとおっしゃいますか?」
『署名のとおり、Bというお名前と、伴という苗字がペンネームです。本名は存じあげておりません』
ではのちほどご連絡さしあげますね、と愛想のいい声で会話は終わった。
詰めていた息を吐いた。
緊張のあまり冷たくなった手で、先輩の記事をめくる。
ヒトの進化を、最新の研究や過去に否定された学説などをふんだんに盛りこんで説明している、わかりやすく面白い内容だった。
同じムック本の別の記事も先輩は書いていて、そちらは一頭の翼竜を主人公に、絶滅の物語を描いたフィクションになっている。
先輩の頭の中に、こんな物語が棲んでいたことを知って、私は改めて、彼の何を見てきたんだろうと思った。
突然手の中の携帯が震えて、びくっとする。
末尾が少し違うけれど、さっきかけた市内局番からだ。
とり落としそうになりながら、はいと出た。
『ご本人と連絡をとりました。番号をお知らせしてよいとのことでしたので、申しあげます』
「あっ、はい、お待ちください」
訊いておきながらメモも用意していなかった私は、あたふたと部屋を走り回って書くものを探した。
告げられたのは、携帯の番号だった。
当時ですら知らなかった、先輩の連絡先。