無事卒業した兄は、脳神経外科の権威と言われる都心の医大病院で研修中だ。

手術、手術、そして手術という毎日で、寝る間というより、寝るまでのプロセスが惜しいらしく、病院の徒歩圏内に引っ越す始末。

彼女さんとは続いているけれど、当分結婚なんて話を進められる状況じゃないのは見ていて伝わってくる。

まあ楽しそうだからいいや、と私たち家族は静観していた。








「卒業式、来るよね？」

「うん、そのつもり」



帰り道、都内の母の家に直接帰るので上り方向に乗った私は、真衣子が降りたあと、加治くんとふたりになった。

こっちの部屋は今月で引き払い、２月以降は母と父の家で交互に過ごす予定だけど、卒業式には来るつもりだ。

卒業かあ、と床下の暖房が暑いくらいの車内で、加治くんが天井をあおぐ。



「一瞬だったね」

「ほんとだね」

「あの先輩がいなくなって、やったーって思ったんだけどなあ」



全然だったね、とため息をつく姿に笑った。

嘘ばっかりだ。

先輩がいなくなってしばらく、どうしても以前のようには物事を楽しめなくなっていた私を。

真衣子と同じくらい心配して、ずっとそばにいてくれたのは、加治くんだ。



「思い出は美化されるって言うし、途中退場って何気に、一番ずるいよね」

「加治くんも今度、試してみたら」



私じゃない、次の誰かの時に。

もうそろそろ、そんな時期だよ。


加治くんは、にこりと微笑んで。

ふいに、誰もいない車内でキスをくれる。


柔らかく何度か触れて、最後に軽く音をさせて離れると、私の目をのぞきこんで、言った。



「バイバイ」



卒業式でね、と手を振って、ちょうど到着した駅で降りていく。

窓越しに手を振ろうとしたけれど、彼はこちらを振り返らずに、ホームの階段をのぼっていった。