少しの間それを聞いていたB先輩は、うーんとつぶやいて、灰皿に置いていた煙草をひと吸いすると。



「それじゃ」



おもむろに宣言し、私もよく知る曲のイントロを奏ではじめた。



「カポもないから、原キーでしか弾けないけど」

「大丈夫です」



同じくあぐらをかいた田端先輩がうなずく。

曲は数年前にはやった、男性ボーカルのバラードだ。

普段やんちゃな印象の田端先輩の声は、びっくりするくらいよくて、ギターの音に合流した時、誰もが聞き惚れた。

有名なサビは、全員が一緒に歌える。

店主さんまでもが気持ちよさげにハミングしていて、数分間、ここが居酒屋だということを忘れた。


私は田端先輩の声よりも、先輩のギターばかり耳に流れこんでくるのを感じていた。

すぐ隣で、少し楽しそうに弦をはじく横顔を見つめる。

ネックの上を滑る指が、あまりに鮮やかで、綺麗で。

そんな特技、持ってなくていいのに、と途方に暮れた。


ただの優しい変わった人で、よかったのに。

だから気になるんだって、思わせてくれればよかったのに。


先輩が、アウトロをちょっとアレンジしたのに気がついた。

私と目が合うと、いたずらっぽく笑ってみせる。


最後の音の余韻が終わる前に、座がわっと湧いて。

はい終わり、と先輩はギターを適当な人に突っ返した。



「けちけちすんな、もっと弾け」

「一日一曲って決まりがあるんだよ」



どこの決まりだよ、という声にも知らんぷりで、先輩は私のとりわけた野菜炒めを黙々と食べる。

いい食べっぷりだなあ、と見ているうち、グラスがあきかけているのに気がついた。



「やるなあ、B」

「これか、女が落ちるのは」

「狙った女の前で弾いて回るってことか? ラテンだな」



注ごうとしていたピッチャーがあたって、ガチャンとグラスが倒れる。