“桟橋から落ちたのも、あなたでしょう? あの日、海から帰った兄が、見たこともないくらい落ちこんで、カリカリしてて”



笑っちゃいました、と言いながらまた笑う。



“どこに行ったのか知らないけれど、きっと彼は、考えたいんだと思います”

『何をですか?』

“自分が、何をしたいのかを”



千歳さんのためにできることを、すべて終えて。

果たそうとしていたことは、破れて。

先輩は今、行き先をなくしてしまったのかもしれない。



『…あの、千歳さんは、その、相手の人に、今も何か思う気持ちは、ありますか?』



非常識で、無礼なのを承知で尋ねると。

千歳さんは気分を害した様子もなく、きっぱりと首を振り。



“二度と同じことをしないでほしいとは思うけど”



そう打ったあと、一歩くんの髪を愛しげにほぐした。





“彼がいなかったら、この子は産まれてなかった”





ねえ真衣子、善とか悪って、なんなんだろう。

罪ってなんなんだろう。


誰がそれを許すんだろう。

誰にも許してもらえなかったら、どうなるんだろう。



――やんなきゃよかった



先輩のあの、悔いに満ちた声を、忘れない。

ほんと後悔してる、とつぶやいた、あの声を。



『まだ後悔してますか?』

『してるよ』



そう言ってはくすくすと、笑いながらキスをくれる。

そんなやりとりを、何度か交わした。