そもそも彼が、誰かを名前で呼ぶところを、聞いたことがなかった。

唯一の例外が、善さん。

それから妹さん。



誰ともつながらないように。

用心深く、周到に。

彼はたったひとりであろうとしていた。



どうして“B”なんて。

そんな呼びかたしか、できなかったろう。

どうして彼自身を、呼んであげられなかったろう。



誰にも呼ばれず。

誰のことも呼ばず。



B先輩は消えた。





たぶんもとから、そのつもりだったとおりに。








…――見つからないことを祈って、この手紙を書きます。


謝りたいことが、たくさんあります。

だけどまずは、僕の話をします。――…





手紙は簡潔だったけれど、数ページにわたっていた。

抱きしめて眠りたい気持ちを抑えて、机の引き出しにそっとしまった。


目を閉じても、くり返しくり返し。

頭の中に、先輩のおおらかな文字が浮かぶ。

畳の匂いと、布団の感触と、片腕を机に乗せて、ペンを走らす先輩の姿と共に。