店先で逡巡していると、ドアが開いた。
ちょくちょくここを通りかかった私を覚えているんだろう、マスターが優しく微笑んでくれる。
「今日こそは、寄ってってくれるかな?」
「いえ、あの…あの、秋頃にここに飾ってあったLPは、もう売れてしまいましたか?」
タイトルを挙げると、ああ、とおじさまがうなずく。
「つい先日ね、おや、噂をすればだ」
言いながら、私の背後の誰かに手を振った。
親しげに振り返す、マスターと同世代くらいの男性は、どうやら常連さんのようだった。
「いらっしゃい、また何かお探し物ですか」
「いやいや、この間のLPね、ジャケットに何か、手紙が入ってて。僕が持ってるのもなんだから」
はい、とアイボリーの封筒を、上着の内ポケットからとり出す。
その見覚えのある色味に、私は釘付けになった。
「あれえ、こんなもの、入ってたかな」
「古書なんかでも、たまにメッセージが書きこまれてたりすると、なんかしみじみした気持ちになるよねえ」
わかるわかる、とおじさま同士がうなずきあい、でもこの封筒、そう古くないね、と首をひねる。
「あの、それ、見せていただいてもいいですか」
不躾なのを承知でお願いすると、マスターが驚きながらも、はいと気持ちよく渡してくれた。
震える手で、便箋をとり出す。
目に入った文字は、読む前に涙でにじんだ。
先輩の字。
B先輩の字。
手紙に顔を伏せて泣きだした私を。
ふたりのおじさまが大慌てで、必死に慰めてくれた。
宛名も差出人の名前もない手紙。
冒頭の一文に、嗚咽が漏れた。
――見つからないことを祈って、この手紙を書きます。
B先輩、B先輩。
私は気づいてました。
だけど、気づいていないふりをしようとしました。
私は彼に、名前を呼ばれたことがない。
ちょくちょくここを通りかかった私を覚えているんだろう、マスターが優しく微笑んでくれる。
「今日こそは、寄ってってくれるかな?」
「いえ、あの…あの、秋頃にここに飾ってあったLPは、もう売れてしまいましたか?」
タイトルを挙げると、ああ、とおじさまがうなずく。
「つい先日ね、おや、噂をすればだ」
言いながら、私の背後の誰かに手を振った。
親しげに振り返す、マスターと同世代くらいの男性は、どうやら常連さんのようだった。
「いらっしゃい、また何かお探し物ですか」
「いやいや、この間のLPね、ジャケットに何か、手紙が入ってて。僕が持ってるのもなんだから」
はい、とアイボリーの封筒を、上着の内ポケットからとり出す。
その見覚えのある色味に、私は釘付けになった。
「あれえ、こんなもの、入ってたかな」
「古書なんかでも、たまにメッセージが書きこまれてたりすると、なんかしみじみした気持ちになるよねえ」
わかるわかる、とおじさま同士がうなずきあい、でもこの封筒、そう古くないね、と首をひねる。
「あの、それ、見せていただいてもいいですか」
不躾なのを承知でお願いすると、マスターが驚きながらも、はいと気持ちよく渡してくれた。
震える手で、便箋をとり出す。
目に入った文字は、読む前に涙でにじんだ。
先輩の字。
B先輩の字。
手紙に顔を伏せて泣きだした私を。
ふたりのおじさまが大慌てで、必死に慰めてくれた。
宛名も差出人の名前もない手紙。
冒頭の一文に、嗚咽が漏れた。
――見つからないことを祈って、この手紙を書きます。
B先輩、B先輩。
私は気づいてました。
だけど、気づいていないふりをしようとしました。
私は彼に、名前を呼ばれたことがない。