文句を垂れつつも、その顔は誇らしげだ。

息子さんは中学校を出てすぐに、善さんの同業の方の家に住みこみで弟子入りしたと聞いた。



「だからまあ、賃貸にしつつも、よっぽどの奴じゃない限り貸さないつもりだったんだけど、女房がBを気に入っちまってな」

「…息子さんに似てらっしゃるとか?」

「いやいや、息子はもっとわかりやすい奴だよ。気に入ったってのも違うな。女房は、Bを見過ごせなかったんだ」



木枯らしが、頭上の枝を鳴らす。

冷たい石畳が、靴の底を伝って足を冷やすのを感じた。



「見過ごす、ですか」

「嬢ちゃんなら、わかるだろ。Bの奴が、愛想はいいくせに、なんか他人を寄せつけない感じなの」



B先輩が、大学生活の間の住みかをあそこに決めた理由が、わかった気がした。

たったひとつの目的のためだけに、来た大学で。

絶対に忘れないように焼きつけた、静かな憎しみの中で。


それでも、安らぎを求めてたんだ。

無意識だったのかもしれない。

でもこの夫婦が、先輩の影に気づいていながらも、知らないふりで受け入れてくれたことが、きっと彼を癒したんだ。


B先輩は、あの部屋で昼下がりを過ごすのが好きだった。

あの優しい日差しの中でまどろむのが好きで、そのためにバイトも授業も、日中の数時間はあえて入れないようにしていたくらい。


負の感情は、心も身体も蝕む。

徐々に摩耗していく神経を、先輩はあの部屋で、必死に休めていたんだ。

怒りを手放さずにいるために。



「女房がさみしがってるよ。たまには嬢ちゃんだけでも、顔見せてやってくれよ」



そう言って去る善さんこそ、さみしげだ。

私は、試験後に実家に帰る前に、必ず善さんのお店に寄ろうと決めた。



その日の帰り道、私の足は、吸い寄せられるように、途中駅で下車した。

先輩の部屋に行かなくなったのと同時に、訪れるのをやめていた街。


年始から旅行にでも行きっぱなしなんだろう、松飾りをしまいそびれているお店が微笑ましい。

レコード屋さんの前を通りかかって、はっとした。

窓に飾られていたあのLPが、なくなってる。


売れてしまったんだろうか。

買っておけばよかった、とくだらない悔いがこみあげたのを打ち消した。

鳴らす設備もない私が持っていたら、LPがかわいそうだ。