「みずほちゃんが知らないなら、誰も知らないね、Bの連絡先」
「何か伝えたいことでもあったの?」
「ううん別に。ただ、途切れちゃったなと思って」
すっとする匂いの煙をひと筋吐いて、奈々先輩は煙草を灰皿に捨てた。
その上にグラスの水をちょっと垂らして、火を消す。
途切れちゃった、という言葉が、くり返し頭の中を巡った。
「ね、その髪、天然?」
「はい、もとからこういう色と、くせで…」
急に指さされて、動揺しつつも答えた。
奈々先輩は楽しそうに笑って、颯爽と腕と脚を組む。
「Bがね、湯上がりの私を見て、不思議そうに言ったことがあるんだよね」
「最後の女のノロケとか、いらないわー」
「まあ聞いて、あのね『女の子って、濡れると髪がまっすぐになる子と、余計くるくるする子がいるよね、あれ、なんで?』って」
笑いが弾けた。
「私は“余計くるくる”ね」と絢子先輩が綺麗に波打つ髪をかきあげながら笑う。
パーマとくせっ毛の、濡れた時の巻きの出かたの違いが、B先輩にはずっと不思議だったんだろう。
「みずほちゃんの髪、巻いてるみたいだもんね」
「濡れてまっすぐなの見て、あれって思ったんだろうね」
「本人に訊きゃいいのに」
お腹痛い、とふたりが肩を叩きあいながら笑う。
私も笑ううち、涙がにじんできた。
最後にいいこと教えてあげる、と奈々先輩が言った。
「Bは、私が押しまくった時、すごくためらってたの。あんまりためらうから、話が違う、いい加減はっきりしてよって言ったらね」
にこ、と整った瞳が微笑む。
「すごく困った顔して『俺のほうは、たぶん一番好きにはなれないんだけど、いい?』って」
あーあ泣かせた、という絢子先輩の声が、優しく響いた。
B先輩が退学したという噂を聞いたのは数か月後。
年も明け、後期の試験日程も終わろうとしている頃だった。