「ほんとに、消えちゃったね」



絢子先輩が、窓の外を見ながらぽつんと言った。


B先輩が学校で目撃されなくなってから、一ヶ月がたった。

遅くに訪れた秋は駆け足で通りすぎ、もう冬が目の前で、先輩と過ごしたあの夏は、遠い昔みたいに思えた。


最近Bの奴見ないな、という会話も減った。

気づけば学内では誰ひとりとして、彼の電話番号も、メールアドレスも知らない。

先輩はゼミの仲間にすらそれらを公開しておらず、なのに誰にもそのことを気づかせなかった。


いつでも存在を消せるように。

慎重に、巧妙に、彼が立ちまわっていたことを知る。

そしてそのとおりに、B先輩は消えた。

まるで、最初からいなかったみたいに。


そんなある日、声をかけてきたふたり組が、この先輩たちだった。

藤森絢子です、と自己紹介された時、さすが準グランプリ、とその人並み外れた容姿にすっかり見とれた。

実はお友達だったらしい、奈々さんという先輩は、開口一番私に、ごめんねと言ったのだった。



「私がたぶん、最後なんだけどね。ていうかみずほちゃんの次なんだけど。Bはね、すごく迷ってたんだよね」

「結局、奈々の知ってた男だったのかな、胸に傷のある奴って?」

「わかんない、私も名前は知らなかったし。ただ友達のいるサークルの4年に、そんなのがいるって聞いたから」



槇田先輩のことだ。

じゃあこの人のおかげで、B先輩は目的を、果たすことができたんだ。

いや、できると思って、たんだ。


B先輩が誰か探してる、というのは、ある筋では有名な話らしかった。



「大学で、身体の傷跡を頼りに男を探すなんて、気の遠くなる話なの、わかるでしょ」

「最初は偶然だったんだろうね。でも途中でBは、女に訊くのが一番早いって、気づいたんだよ。特に私たちみたいなのに」



一本ちょうだい、と絢子先輩が奈々先輩の煙草をとった。

綺麗な爪で、奈々先輩が火をつけてあげる。

大人の女の人たち。

先輩が次々こういう人たちとつきあっていたのは、そういうわけだったんだ。