兄が素っ頓狂な声を出した。

私も思いは同じだ。

新卒で入った会社に、骨を埋めるんだと言わんばかりにがむしゃらに働いて、代表取締役にまでのぼった父。

てっきり、このまま定年を迎えるんだと思っていた。



「早期退職して、学生時代の悪友と、面白いことをしたいんだって。男ってそういうものなんだよ、許してあげてね」

「えっ、それは、古関さんもご一緒のお話ですか?」

「いや、すでにビジネスやってる奴の力は借りないって、僕はのけ者。やっと弁護士を紹介させてくれたくらい」

「えーと、それと母とは、どういうつながりが?」

「失敗すると、きみたちはもちろん、お母さんとそのご実家にまで影響が出る可能性があるから。あいつから離婚を言いだしたそうだよ」



えっ!?

兄と私はいっせいに母を見る。

自分の話題にもかかわらず、のんきにエスプレッソを味わっていた母は、びっくりしたようにカップから顔を上げた。



「それで、わかったわって言ったの、お母さん?」

「いやいや、慶子さんが悩んでたので、じゃあ僕がって立候補させてもらったんだよ」

「父も承知の上ってことですか」

「うん、お前ならって言ってくれたね」



何それ。

開いた口がふさがらない私たちに、母は恥ずかしそうに微笑んだ。

お父さんもお母さんも、古関さんも、自由すぎだ。

兄も同じ思いらしく、あぜんとしている。



「…新しいこと始める父さんを、支えるとかいう発想は?」

「誤解しないでね、今回のことは、きっかけだっただけで。私とお父さんは、どのみちもうダメだったのよ」

「そんな」



だって、なんの問題もなさそうだったじゃない。

お父さんだって、そんな無邪気に夢を語るくらいには、お母さんを信頼してるんだろうに。

そう言うと、母はさみしげに微笑んで首を振った。



「そう見えてたなら、よかった」

「無理してたの?」

「無理とはちょっと違うわ」

「じゃ、何?」