「もうすっかり一人前の娘さんだね、みずほちゃん」
「しっかりしてきたのよ、東京を離れて、ひとり暮らしするって言い張って」
「親離れの時期だよ」
古関(こせき)さんがワインを私のグラスに注いでくれた。
カジュアルなジャケットがよく似合う、快活なおじさま。
母のお相手は、やっぱりこの人だった。
兄も呼ばれたこの場が、いったいどんな空気になるのか危ぶんだけれど、会ってしまえば結局、長いおつきあいの親密さが出る。
兄も私も、小さい頃の恥ずかしい話を持ち出されるよりはと、競うように最近の話をして、古関さんの戦略にはまったことに気づいた。
「政晴くんは、そろそろ卒業?」
「いえ、まだ四回生です、あと二年、死にもの狂いです」
「そのあともさらに大変って聞くよ」
「考えさせないでください…」
さすがに気弱な声を出す兄を、古関さんが笑う。
気安いけれど、完璧な個室とサービスが整ったこのダイニングバーは、都内数箇所に展開している、彼のお店だ。
経営者である彼は、他にも富裕層向けのクラブや、逆にぐっとカジュアルなダイナーなども持っている。
「お母さんのこと、ふたりにはショックだろうね、申し訳ないことをした」
メインも食べ終え、食後のドリンクを待っている時、古関さんが実に自然に、本題に入った。
曖昧にうなずく私と兄に、健康的に焼けた顔がにこりと笑いかける。
「お父さんは、自分を試したいんだよ、わかってあげてほしい」
「え?」
なんの話? と私たち兄妹の目が丸くなる。
古関さん、とたしなめるような声を出す母に、今度は古関さんが目を丸くした。
「え、ふたりは知らないの?」
「そうよ、あの人が言いたがらないから」
「そりゃダメだ、あいつ、そういうところがガキなんだよ。見栄じゃビジネスは成功しないぜ」
「あの、おじさま、なんのお話ですか?」
たまらず割って入ると、古関さんが苦笑する。
「お父さんはね、事業を起ちあげたいんだよ」
「父が?」