先輩、ととりすがろうとした手は、振りほどかれた。

黒い瞳が、私を見た。

前髪の間からのぞく、動物みたいな、綺麗で悲しげな目。


先輩の髪に、顔に次々と雨が落ちて。

涙みたいに頬を伝って、顎からしたたる。


先輩は、眉をひそめて、苦しそうに微笑んで。





「やんなきゃよかった」





ぽつりとつぶやくと、私の横を駆け抜けていった。



ぱしゃぱしゃと、水を含んだ芝を踏む足音を聞きながら。

私は自分のしたことの罪の重さに、震えていた。


先輩が、すべてを賭して、叶えようとしていたことを。

ようやく果たせるかに見えたものを。

私が潰した。


ねえ私に、いったいなんの権利があった?



ごめんなさい先輩。

でもあなたに、人を傷つけてほしくなかった。

そんな自分勝手な思いを、押しつけてごめんなさい。


先輩の優しさにつけいってごめんなさい。

最後の最後で、私に傷が及ぶ道を、彼が選べないであろうことに、私は賭けた。

自分を盾に、脅すみたいに彼を無理やりとめた。



ごめんなさい、ごめんなさい。

B先輩、顔を見て謝りたい。

身体中を濡らす冷たい雨の中、頬を伝う水だけ熱い。


風が向きを変えるたび、空気が切り裂かれてうなる。

佇んだままどこにも行けなくて、心の中で叫んだ。


ごめんなさい、先輩。








嵐は秋をつれてきた。

B先輩は、その日を最後に、消えた。