「俺、許せないんだ。妹はまともに高校にも行けなかった。そんなふうに人の人生を曲げた奴が、のうのうと学生生活を送ってるなんて」
「どうしたら償える」
「別に償ってくれなくていいよ。それで千歳の何が変わるわけじゃなし。俺はただ、許せないんだ」
許せない、ともう一度言う。
それまでの饒舌さにくたびれたのか、ふうと息をつくと。
じりじりと後退する槇田先輩を追い詰めるように、一歩、一歩と歩を進めた。
槇田先輩の背中が、街灯の支柱にぶつかる。
刃先が衣服の布地をくすぐる距離まで、ふたりは近づいた。
「…償わせてほしい、なんでもする」
「それはお前の問題だろ。千歳はもう、一度折れ曲がった人生を、立派に歩いてるよ。これ以上邪魔するな」
「お前が人を殺したら、妹にだって影響が出るぞ」
「お構いなく、千歳はね、戸籍上は妹でもなんでもないんだ。でもそもそも、殺したりしないよ」
心外だとでも言うように、B先輩が微笑んだ。
ごく気楽に、緩く指先で握ったナイフを、槇田先輩の胸にあてる。
「死ぬなんて、そんな楽、させない」
底冷えするような、柔らかい声。
ねえB先輩。
その冷たい怒りを。
いったいどうやって、隠し持っていたんですか。
優しくて温かい、あの笑顔の裏で。
そんな悲しい憎しみに、身体の深いところを、長い間、蝕まれていたの。
「どうする気だよ…」
「妹にしてくれたのと同じに、残りの人生から、何かを奪わせてもらうよ、そうだなあ」
刃先が、場所を選ぶように、槇田先輩の身体の上をすべる。
それはぴたりと、ベルトのバックルの上でとまった。
「二度と、悪さできなくするって、どう?」
耳も目も、ふさいでしまいたかった。
B先輩の、奥の奥で燃える怒りの炎。
悲しい、悲しい、憎悪の炎。