「俺、許せないんだよね」
B先輩がまた一歩、近づいた。
「千歳は誰にも言わなかった。俺たちにも黙ってて、気づいた時には、もう産まないって選択肢はない時期まで来てた」
「…どうして、俺の子だって」
「覚えてないの? 千歳は初めてだったから、お前の友達はめんどくさくなって、途中で相手するのをやめたんだよ」
「彼女が何も言わないなら、なんでお前が知ってる」
「俺がどうして、この大学来たと思ってるの」
にこ、とB先輩が微笑んだ。
槇田先輩を探しに来たんだ。
どうやってか、妹さんを汚した犯人がこの大学に入ったことを知って。
追いかけてきたんだ。
身体が震えた。
決して社交的な性格じゃないB先輩が、なぜあんなふうに、いろいろな場所に顔を出しては人と接触していたのか、わかった。
探してたからだ。
この大学に入ったことしかわからない、誰かを。
「ネットで犯罪自慢とか、ああいう頭悪い真似、やめろって言ってあげたほうがいいよ」
「あいつらとはもう、つきあってない」
「みたいだね。でも最低限の仁義は持ってたらしくて、どれだけやっても、お前の名前だけは言わなかった」
槇田先輩の喉が、ごくりと動く。
新品には見えないナイフから、“どれだけやっても”の意味を推し量るのは、恐ろしくてできなかった。
B先輩。
「なんで…俺だってわかった」
「ある時ね、妹がキキョウって言葉に、変な反応したんだ。その時は、花の話だったんだけど」
槇田先輩が、はっと自分の胸を押さえた。
私もわかった。
“気胸”だ。
水遊びをした日、気がついた。
槇田先輩には、肋骨のあたりに二ヶ所、小さな傷跡がある。
あれはたぶん、肺の手術をした跡。
妹さんは、それを見てたんだ。
きっと身近に、気胸を患って、同じ手術痕を持つ人がいたんだろう。