B先輩は、湿った芝生を踏んでゆっくり近づいてくると、両手を上着のポケットに入れたまま、槇田先輩にもう一度言った。



「その子から、離れて」



唐突なB先輩の出現にぽかんとしていた槇田先輩も、その静かな迫力に押され、私から数歩距離をとる。

B先輩の薄手のコートは、肩が濡れて変色していた。



「なんだよ、B…」

「槇田、直人(なおと)? 県南の出身?」



首をかしげて、高校の名前を挙げたB先輩に、槇田先輩がうなずく。



「そこの出だよ。それがどうしたんだよ」

「木暮千歳(こぐれちとせ)って、覚えてる?」



槇田先輩が、目を丸くした。

そんな奴、うちの高校にいたかな、とつぶやきながら、記憶を探るように宙を見つめる。

B先輩はそれを、おかしそうに笑った。



「じゃあ、お前たちがふざけて犯した、カラオケのバイトの女の子のことは、覚えてる?」



あんまり普通に言うので、意味をとりそこねた。

槇田先輩も、一瞬理解できなかったらしく、目をしばたたかせて。

すぐに、さっと蒼白になった。



「それが木暮千歳」



柔らかく微笑む先輩が、ポケットから右手を出した。

しまわれていた銀色の刃が、かすかな金属音と共に180度回転する。

はい、と親しげに渡すような雰囲気で、寝かせた刃先を槇田先輩に向けたB先輩は。

ちなみにね、とにこりと笑った。





「俺の妹」