「加治くん…やめて」

「出てけよ」



私の声を無視して、ベンチにあったバッグを、憎々しげに先輩に投げつける。

続いてパーカーをつかもうとした時、彼より早く、B先輩の手がそれをとりあげた。

カーキの生地から水が飛んで、土に点線を引く。


その行動の意味が、わからなくて当然の加治くんは一瞬戸惑い、それでも、出てけと再度言った。

ふたりがじっと見つめあう。

先輩の視線が、一瞬、私に移り。

ほんのわずかな間絡んで、ふいと外れると、B先輩は無言のまま、扉へ向かった。



「加治、どうした?」



加治くんの、めったに見ない剣幕に、みんながあぜんとなりゆきを見守る中、そう声をかけたのは槇田先輩だった。

他の先輩と同じように、びしょ濡れになったTシャツを脱いでいる。

なんでもないです、と低く答えた加治くんが、なぜかまだコートを出ないB先輩を見咎め、顔を歪めた。



「何やってんだよ、早く出てけ!」



その鋭い声も耳に入らないようで、B先輩は足をとめたまま、何かを見ていた。

加治くんじゃない。

視線は彼を通り越して、何人かの先輩たちに注がれている。

心なしか、蒼ざめているようにも見える、顔。


B先輩は、何事かをつぶやいて。

いきなり身をひるがえすと、激しく扉を鳴らして、コートを走り出ていった。


とり残された誰もが、呆然とそれを見ていた。

私は、なぜか震えがとまらなかった。


パーカーに触れられることを、極端に嫌った先輩。

ポケットの中身を知ってから、彼の右手がそこに入れられるたび、私の心はひやりとすくむ。

思い返せば彼は、しょっちゅうそうしていた。

まるで何かを、確かめるみたいに。


さっき彼が発した、声にならない言葉を。

きっと私だけは、聞きとれていた。


愕然と目を見開いて、誰かを見ていたB先輩。

彼の発した言葉は。








“見つけた”