歩きながら、水のしたたるパーカーを脱ぐ彼と、目が合う。

その表情で、私がいることに、彼が最初から気づいていたことを知った。


私の座るベンチにバッグとパーカーを置いて、肌に張りついたTシャツを、脱ぎにくそうに頭から抜く。

ぎゅっと絞ると、ぼたぼたと落ちる水が、足元に水たまりをつくる。



「うわー、B、お前それ、やばいよ」

「え?」



面白がるようにかかった声に、先輩が振り向いた。

絞ったシャツで頭を拭く先輩の背中が、少しこちらを向く。

めまいを起こすかと思った。

何本も縦に走る、赤い筋。


見てみろよこれ、とそれを指してはやし立てる声に数人が集まり、私の目の前でにぎやかにB先輩を冷やかす。

自分では見えない先輩はきょとんとして、けど途中で思い当たったらしく、さっとシャツを頭からかぶった。

気づかなかったのかよ、と笑う周囲に、バツが悪そうに言い返す。



「だって別に、痛くないし」

「そこまで跡がついてんなら、やられた時は痛かっただろ」

「こっちだってそれどころじゃないじゃん」



もうやめて、と叫びたかった。

わかってました、私じゃ相手になってなかったって。

教わるばかりの私は、同じものを返せるわけなんてなくて、先輩はいつも少し余裕を残して、私の手を引いてくれてた。

そんなこと、今ここで思い知らせないで。


うらやましーと頭を叩かれながら、先輩が苦笑する。

その時、カシャンとフェンスが開き、うわっと声がした。



「水浸しじゃないですか、何やって…」



加治くんだった。

途中で言葉を切った彼が、立ちすくんでこちらを見ている理由に、気づいた時には、遅かった。

とめる間もなく駆け寄った彼が、B先輩の胸元をつかんで突き飛ばす。

先輩が倒れこんだフェンスが、派手に揺れて鳴った。



「あんた…よくこんなところ、のこのこ顔出せるな」



加治くんの声は、怒りに震えていた。

見つめ返すB先輩の前髪から、水滴が落ちる。