何も喉を通らない日が続いた。
バイトもテニスも行かずに、部屋にこもっていようとも思ったけれど、そんなのなんの意味もないとわかっていたので、普段どおりに生きた。
それが少し、私を助けてくれた。
いつもどおりに暮らしていると、自分もいつもどおりだと、錯覚することができる。
少しの間なら、錯覚の力で動くことができる。
だけどそれは。
本当に少しの間だけ、だった。
「あれ…」
「みずほ、あの先輩と何があったの」
クリーム色のカーテンに囲まれた場所で目を覚ますなり、真衣子の厳しい顔が視界に入ってきた。
私、テニスコートにいたと思ってた。
軽い熱中症と貧血が重なったんだろう、と意外に冷静に推測できる自分に驚く。
ずっと冷やしていてくれたらしく、顔を真衣子に向けた時、冷たいタオルが額から落ちた。
「ごめんね、迷惑かけちゃった」
「迷惑とかじゃなくてさ、心配したよ」
どこかで聞いた台詞に、胸をえぐられた。
とっさにタオルで顔を隠して、ほてりを冷ますふりをしながら、涙をやりすごす。
けど真衣子は、ごまかされてくれなかった。
「つきあってたわけじゃ、ないよね?」
タオルをあてたままうなずく。
それじゃわかんない、喋って、と怒られる。
「つきあってない…」
「でも、それらしいことはしてたよね?」
真衣子の言っているのが、どの程度のことなのかわからなかったので、正直にわからないと言った。
それらしいって、どういうこと?
私、先輩と出かけたこともない。
近所にごはんを食べに行くくらいで、デートみたいなこともしたことない。
一緒に学校に行ったこともないし、一緒に帰ったことすらない。
そういう状態を、どう呼ぶの?