その方向には、図書館がある。

レンガ造りのエントランスから、嬉しそうに手を振って、ぱっと駆け出してくる人影。

女の人だった。


石畳を横切って、女の人がB先輩のもとにたどり着く。

先輩は優しく笑うと、彼女の腰に手を回して、ねだられるままに、柔らかいキスを落とした。


足元が、揺れてるみたいだった。

ずぶずぶと、泥の中に埋まっていくような錯覚。

立っているのって、こんなに大変だったっけ。


先輩が、私に気づいた。

はっと目を見開いて、思わずといった感じで、女の人の身体から手を離しかけたのがわかる。


先輩、私。

その仕草を、どう受けとめたらいいんでしょう。


私と先輩の間には、道を分ける芝生のエリアが細く走っているだけで。

距離的には、すぐそこにいるはずなのに、遠い。


ねえ先輩。

わかってました。

覚悟してました。


でも、期待もしてた。


私がバカでしたか?



「…あの」



何か言わないと、何も始まらないと思い、口を開いた。

言いたいことが少なすぎて、逆に何も言えない。

コットンのワンピースが、急激に湿り気を帯びた空気のせいで、ずしりと重く感じる。



「あの、私」



…私、とうまく言葉が出ず、うつむいた。

女の人が、私と先輩を交互に見るのがわかる。

すみません、あなたの前で言うことじゃないかもしれませんが、と心の中でお詫びしながら、言葉を探した。



「私、少しは、その、特別なところに、入れていただけてたのかなって…」



思ってました…という声は風に消えた。

一瞬だけ見る勇気を出せた先輩の顔には、いつも浮かべているあの柔和な笑みはどこにもなく。

黒い瞳で、じっと私を見つめて、でも私のほうがそれ以上、顔を上げていられなかった。