要するに、テキストとノートを貸してくれとお願いしているらしい大河内先輩に、いいよとB先輩が鷹揚にうなずく。

話をつけ終えたB先輩は、少し離れたベンチで靴を履き替えていた私に笑いかけると、コートを出ていった。

お話できなかったな、と少し残念に思いつつ、靴ひもを結んでいると、ねえ、と頭上から声が降ってくる。

振り仰ぐと、背後のフェンスに両手をかけて、B先輩が私を見おろしていた。



「俺、明日いないんだ」

「あっ、はい、そうですか」



間抜けに、ぽかんとさかさまに見あげていた私は、慌てて身体ごと振り向き、あせってどもった。

隣の真衣子と加治くんの視線が、痛い。



「そのあとも、ちょっと予定が見えなくて」

「わかりました、じゃあまたいずれ」



後期の始業も見えてきた今、学校が徐々に稼働しはじめて、先輩と学内で顔を合わせることも増えた。

だから、先輩に余裕ができたら、自然とまた会えるだろうと、そんなのんきな返事をした。

先輩は微笑んで、じゃあね、と手を振って走っていく。

興味を隠しもしない加治くんと真衣子が、遠慮なしにじろじろと私を見るので、顔が赤くなった。



先輩に会えないのなら、実家に数泊しようかな。

母に連絡をとって、そろそろ安心させてあげないと。

子供じみた親不孝をしている自覚に、そろそろ自分をごまかせなくなってきていたところだったので、そんな思いが浮かんだ。


だけど、どんな顔をして連絡をとればいいのかわからず、実行に移しあぐねているうちに、いよいよ夏休みの終わりが見えてくる。

どうしようかなあ、とぐずぐず考えて、アルバイトとテニスの往復をしていたある日のことだった。






急に空が翳ったのに驚いて、洗濯物をとりこみに帰ろうと学内を走っていた私は、木立に囲まれた小道を歩くB先輩を見つけた。

私の走っていた石畳の道と平行に走るその小道は、すぐ先で合流する。

そこまで声をかけずに、びっくりさせようかな、なんてことをひとりで考えて浮かれていた時。

先輩がふと顔を上げて、前方に向かってにこりと笑った。