「嫌だよ」
「まだ何も言ってません」
何か察知したのか、先輩が先回りする。
私は負けじと部屋の隅からギターをとって戻り、先輩に突きつけた。
「弾いてください」
「やだって言いました」
「できたら、歌も」
「俺の話聞いてる?」
渋い顔をする先輩を気にせず、その手にギターを握らせて、私は足元の畳に腰を下ろす。
受けとってしまった先輩は、私をじろりと見て、それ以上抵抗するのも大人げないと思ったんだろう、脚を組んで弾く体勢になった。
ぽろんと鳴らしながら、何弾けばいいの、とふてくされた声で訊いてくる。
「この前は、もう少し気前よく弾いてくださったのに」
「だってさあ、あの時は、まださあ…」
ぶちぶちと垂らされる文句が途中で消えた。
まだ、なんですか、先輩。
親しくなる前だったからって言おうとしたんですか?
こういうのは、そういう相手の前のほうが、やりづらいって?
どうして最後まで言えなかったんですか。
言ったら、今の私との距離を認めることになるからですか。
「で、何弾くの」
「先輩が歌いたい曲を」
「そもそも歌いたくありません」
「往生際が悪いです」
気分に合う曲を探しているのか、ちらちらとかすかな音で、次々コードを替えながら、先輩が黙りこむ。
やった、折れた、と心の中でガッツポーズをした。
どうして私、こんなに必死になってるんだろう。
それはたぶん、先輩の優しい音を聞きたいからだ。
聞いて、先輩はやっぱり優しい人なんだって確かめたいからだ。
困っている私に手を差し伸べて、一晩中私の好きな曲を弾いてくれようとした、あの優しさは、嘘じゃないんだって確かめたいからだ。