「てめー、コート内で煙草なんか吸ってんじゃねー!」
「捨てる暇もくれなかったんだろ!」
テニスシューズ履いて出直してこい! とか完全に言いがかりの罵声を浴びせられて、先輩はすっかり困惑している。
かわいそうだけど、全体的に見たらみんな楽しそうなので、これはこれでありな気がした。
私は脇のベンチに置いていた飲みさしの缶コーヒーをとってきて、先輩に差し出した。
所在なさげに煙草を指に挟んでいた先輩は、不思議そうにそれを見つめたあと、意図に気がついたのか、いいの? と私を見る。
「残り、ちょっとだけなので」
「ごめんね」
申し訳なさそうにそう言って、タブの部分に押しつけて火を消すと、まだ煙の出ている煙草を缶の中に落とした。
ベンチに戻そうとした缶を、先輩が私の手からとりあげる。
「捨てとくよ」
「すみません」
「何かっこつけてんだ」
ガンとラケットの縁で頭を殴られて、いて、とB先輩が声をあげた。
「どうだったんだ、準グランプリは」
「どこで知り合ったんだ、準グランプリと」
「何その、準グランプリって?」
フードを引っつかまれてよろけながら、ぽかんとする。
藤森絢子(ふじもりあやこ)だよ! とひとりの先輩が苛立たしげな声をあげると、あー、とようやく合点がいったように目を見開いた。
「いつも思うんだけど。なんでみんなそんな情報早いの?」
「知るか。お前が言ってねーんなら、藤森が言いふらしてんだろ」
「それにしたってさ、ゆうべの今日だよ。てか今朝だよ」
「生々しい話すんな」
「そっちが訊いてきたんじゃん」
かわるがわるB先輩を叩いたり蹴ったりしながらも、みんな興味津々だ。
私は、自分のラケットを握りしめながら、輪の外で、ぼんやりとそれを聞いていた。