「あ、この子この子」
「ひゃー、可愛い」
テニスコートに入りかけたところを、いきなり間近から指さされて戸惑った。
すらりとした、綺麗なお姉さんがふたり、やいのやいの言いながら私を見ている。
「あの…」
「あ、ごめんね、今Bと仲いい子だよね」
“今”仲いいという言いかたが、ぐさっと来た。
わかってるんだけど。
単なるローテーションの一部なんだろうって、覚悟はしてるつもりなんだけど。
そして片方の人に見覚えがあった。
学校のベンチで、先輩とキスしてた人だ。
そんな人が私になんの用かと警戒したけれど、ふたりは純粋な興味本位らしく、敵意や悪意は全然感じない。
むしろ本当に可愛がってくれそうな気配すらあった。
「でもさ、この子じゃ“目的”は果たせなくない?」
「だから言ってるじゃん、Bもようやく、普通に好きな子見つけたんだよ」
マジ妬ける、と楽しそうに笑って、身体を叩きあいながら図書館のほうへ消える。
いきなりごめんねー、と途中で振り向いて、陽気に手を振ってくれた。
私はラケットを手にぶらさげて、呆然とそれを見送った。
今の、どういう意味だろう。
こんな自問自答、しらじらしいかな。
どのくらい、信じていいんだろう。
どこまで期待していいんだろう。
ねえ真衣子。
これを真に受けたら。
また前のめりって呆れる?
その夏は、自分の部屋と先輩の部屋と、学校とバイト先を駆けまわって過ごした。
先輩はいつ行っても、微笑んで私を受けいれてくれる。
こちらが驚くくらいするっと、生活に私を入れてくれる。
今忙しいとか、そろそろ帰れとか匂わすこともなく、私が自分で言いだすまで、当たり前のようにそばに置いてくれる。
それがかえって申し訳なくて、先輩がどんなにいいと言っても、彼が不在の部屋で過ごしたことは、なかった。