「――はい、わかりました、また」
遠くの携帯に手を伸ばしたんだろう、枕に上半身を乗せて、寝起きらしい声の先輩が話をしている。
パチンと閉じられた携帯の音が、夢の終わりを告げているように感じた。
先輩が、再び身体を布団の中に戻しかけて、私が起きているのを見つけ、あれ、と目を見開く。
「おはようございます」
「おはよ」
にこっと笑って、私の隣で伸びをした。
徐々に現実に戻る時が近づいている気がして、しゃきっとしなきゃ、と喝を入れようとした時。
あとちょっと寝ていい? と先輩が許しを請うように私を見た。
え?
てっきり、電車の運行の話とか、服が乾いたかどうかとか、そういう話題になると思っていた私は、拍子抜けする。
「…もちろんです」
「午後にならないうちに、起こして」
「えっ?」
それまでいろってこと?
ていうか、一緒に寝ろってこと?
再び夏掛けにもぐりこんだ先輩が、私をぎゅっと抱きしめて、頭に顎を乗せて、あっという間に寝息をたてはじめる。
上下する先輩の胸が、目の前にある。
…私、どのタイミングで帰るのが正解なんだろう。
思いがけず、先輩の日常に加わってしまったようで、完全に退場の機を逸した感がある。
混乱しつつも、先輩の穏やかな呼吸につりこまれるように、いつの間にか私の意識もなくなった。
次に目を覚ましたのは、たぶん同時だった。
眠りに落ちた時と同じ恰好で、腕を回しあったまま。
先輩が私越しに、窓の外を見ているのを感じる。
「…雨、あがりましたか」
「すごい晴れてるよ」
振り向くと、障子が陽光を受けて、真っ白に輝いていた。
先輩は私をそっと離すと、寝床を出る。
服、乾いたかな、というつぶやきが胸を刺した。
でもすぐにまた、わけがわからなくなった。
「少し早いけど、昼メシ食いに出ようよ」
障子を開けて、おーと声をあげると、台風一過だよ、と振り向いて笑う。
布団の上に身を起こした私は、ひとりぽかんとしていた。