「どうしたの、何やってるの」

「すみません、もう帰ります」

「帰るって、どうやって」



知りませんが帰ります、と振りほどこうとしても、痛いくらいに握られた腕は、自由にならない。

とりあえず上がって、と言われた時には、冗談じゃない、と心の中で叫んだ。

上がって、どうするのよ。

これ以上先輩に近づいて、何になるの。

でもじゃあ、どうしてここに来たの。

私いったい、何がしたいの。



「帰ります」

「どうやって」

「どうやっても帰ります!」



抵抗する間にも引きずられて、半ば無理やり階段をのぼらされた。

乾いたコンクリートの階段にしずくが落ちる。

何を今さらと思われようが、断じてこんなつもりじゃなかった私は、最後の抵抗と思って、扉の前でやみくもに暴れた。

とたん、ひょいと抱えあげられた。

荷物みたいに、小脇に。


えっ、と硬直している間に、私を抱えたまま先輩は室内に入り、廊下を進み。

つきあたりの浴室を開けると、私をほうり投げた。


身体を包む温かさと水音で、浴槽に投げこまれたんだと気がついた時には、湯船の底だった。

這いあがって、むせながら息をつくと、洗い場にひざをついた先輩が、顔を寄せて低い声を出す。



「あったまって、頭冷やしてから出ておいで」

「子供扱いしないでって、何度言ったら…」



言い終わる前に、ざぶりと先輩が浴槽に片足を突っこみ、私の襟元をつかみあげて、乱暴に唇をふさいだ。

はずみでまたお湯の中にひっくり返りそうになった私は、かろうじて浴槽の縁をつかむ。

先輩の舌が、からかうように私の唇の上を這った時、ぎくっと身体がこわばった。

それが合図だったみたいに、さっと先輩が離れて、私を突き飛ばす。

水を吸った服に手足をとられながら、必死に体勢を整える私を、ふんと見おろして。



「こんなんで固まってるうちは、実際子供だってこと」



そう言い放つと、ぴしゃりと引き戸を閉めて出ていった。

呆然ととり残された私の耳に、タオルと着替えらしきものを脱衣所に投げこんでくれた音が、届いた。