バカな先輩。

どうして手を握ってくれたんですか。

私と加治くんを、そんなふうに見てたくせに。


私が望んでるのを、感じたからですか。

それが、本当の優しさだと思いますか。


惹かれさせるだけ、惹かれさせといて。

今さら手を離せずに、困ってる。


優しくて、ひどい先輩。


控え室を出ようとした時、バッグの中で携帯が震えた。

急ぎ足でお店を出て、湿り気のある外気を浴びながらとる。

母からだった。



『こんな時間に外にいるの? 何してるの』

「言うほどの時間じゃないでしょ。バイト帰りなの」

『バイト!?』



大丈夫なの、どんな内容なの、としつこい母に、少しげんなりしながらその都度答えた。

バイト始めたって私、前に言った気がするよ、お母さん。

気が乗った時にしか、人の話に耳を貸さないんだから。


もう、とあきれつつ、何か用事かと尋ねると、母が一瞬黙る。



『あのね』

「うん?」

『お父さんとの話でね、みずほをのけ者にしたみたいで、ごめんね』



お母さん、と小さなつぶやきが漏れた。

気にしててくれた?

私のこと、考えてくれてた?



『だからね、みずほにも会っておいてもらうのが、いいかと思って』

「…え?」



紹介したいお友達がいるの、と母が少し言いにくそうにした時、頭上の雲間が光った。

遅れて、ドンという音があたりを震わす。

大粒の雨がアスファルトを黒く染めるのに、たいして時間はかからなかった。