「先輩…」



ん? と受けとめてくれる、黒い瞳。

自分の手の温度が上がるのを感じた時、先輩が突然顔をそむけて、煙草を地面に吐き捨てた。



「ダメだ、限界!」

「どうしたんですか」

「熱かった」



突飛な行動にあっけにとられていると、煙草を踏み消した先輩が、ちゃんと拾うから許してね、とすまなそうに言って唇を噛んだ。

そうか、どちらの手も使えなかったから、短くなった煙草をどうにもできなかったんだ。

よほど熱かったのか、涙が浮かんでいる。


ぽかんとそれを見ているうち、だんだん笑いがこみあげてきて、胸が痛いくらいあったかくなった。

それでも繋いだままでいてくれた、手。

今もなお、握っていてくれる。


本当に、どれだけ優しいんだろう。

見あげると、にこりとして、大丈夫? と訊いてくれる。


ダメですと甘えたいような、大丈夫ですと頑張ってみたいようなで、答えを迷った一瞬。

突然、ぱっと先輩が手を離した。


えっ? とその視線を追って振り返ると。

視界に入ったのは、少し離れたところに立っている、加治くんの姿だった。

手に私のドリンクボトルを持っている。

いけない、私、コートに忘れてきたんだ。


加治くん、と呼びかけるより先に、先輩が私の背中をそっと押した。

その意図がわからず見あげると、柔らかい微笑みが見返す。





「続きは、彼に聞いてもらうのが正しいよ」





すべての音が、遠のいた気がした。

先輩の声が、頭の中でくり返し響いた。

“彼”というのが、いわゆる代名詞の意味でないことくらい、その語調でわかる。

でも。