アサヒは勢いよく喋りだした。
「子供の頃、多分・・・小1くらい。家族で航空自衛隊の飛行ショーを見に行ったんだ。そしたらブルーインパルスが目の前にいてさ、すっごい轟音・・・ってより爆音で飛び立った。俺はそれを見てすごく感動したんだ。妹や母さんは耳が痛いって言ってたけど、俺はその爆音にドキドキした。それからしばらく、俺の夢はブルーインパルスのパイロットになるって事だった。さっきのバンドの音聴いてさ、何か走馬灯みたいにその事がグルグル頭の中を駆け巡ったんだよ」
「・・・うん」
あたしはどう答えていいかわからなくて頷いた。
「忘れてたんだ。俺の心を揺さぶったものはこの爆音と衝撃なんだ」
目をキラキラさせながら言うアサヒを見て、思わず口から言葉が出た。
「だったらアサヒもバンドやってみたら?」
「え?」
「あ・・・」
あたしは自分が発した言葉に自分で驚いた。
腕がしびれるアサヒにそれは酷な事を言ったかもしれない。
案の定、アサヒは自分の右手を見ていた。
でもアサヒはパっと笑顔であたしを見た。
「え?」
「ねぇ、優雨。ギターってリハビリになると思う?」
「リハビリ?ギターが?」
「そう!左手は動くからコードは押さえれる。右手はピックを掴めれば動かすだけだし」
「でも、アサヒって左利きだって・・・」
「今から始めるんだから左も右も関係ねーと思わない?」
あたしはちょっと考えた。けど・・・
「うん!関係ない!!あたしは出来ると思う!」
そう言った途端、急にアサヒは不安な顔になった。
「でも、バンドやるって言っても誰とどうやれば・・・」
あたしはその言葉を聞いてニヤリと笑った。
「アサヒ、バカにしてんの?目の前にいるでしょうが。メンバーの1人が」
「は?」
「ドラム。叩いてあげてもいいよ。その代わり、アンタがちゃんとギター弾けるようになるならね、しかも短期間で」
あたしの言葉にアサヒは笑顔で頷いた。
子供みたい。あたしより1つ年上なのに。すごい純粋な子供。
「あー」
またアサヒは悲痛な声を出した。
「今度は何よ」
「ギターって高くない?俺、今、深夜のコンビニでのバイトだし、手持ちの金3万くらいしか持ってないし、給料日まだ先・・・」
ギターは確かに高いけど・・・。
「あ」あたしは思い出して、大声で言った。
「店長!!上月(こうづき)のバンド、もう帰った?」
「控え室にいるよ!」
店長の声が返ってくる。
「悪いけど、上月呼んできて!お願いしまーす!」
アサヒはポカンとあたしを見た。
「今、上月って奴くるから。デカイリサイクルショップの楽器部門でバイトしてんの。そいつもバンドでギターやってるから大丈夫」
あたしはニッコリ笑った。
間もなくして小柄な金髪少年が小走りで来た。
「優雨!テメー何だよ、急用って。店長に怒鳴られたぞ!」
それからアサヒを見て「何、このイケメン君。優雨の彼氏?」と言った。
「バカじゃない?この人はアサヒ。あたしのバンドメンバーよ」
「あたしのって・・・」
アサヒが呆れた声を出した。
「何よ、初心者と経験者よ?あたしがリーダーに決まってるでしょ?それにアサヒは優柔不断そうだからあたしがリーダーよ」
「は?バンドって?優雨、お前バックパッカー辞めたの?」
上月が驚いている。
「そっちはしばらく休業。バンドやりたくなった。で、アサヒがギター。っても全く弾けないけどね、だからあんたに用事あんのよ」
あたしは事情を説明した。
上月は頷きながら腕組みをしてちょっと考えている。
「うーん、初心者ならスクワイヤーで結構いい音のあるんだよね、1万くらいかな?後はフェンダージャパンだけど、来週からセールで出そうと思ってるストラトがあるけど。初心者だし低予算ならまずはスクワイヤーで慣れてから好きなギター買うってのでいいと思うけどな。スクワイヤーはフェンダーの子会社ね」
「俺、あんまり知識ないんだけど。フェンダーとかギブソンとかグレコくらいしか、後はテレキャスとレスポールとムスタング?ストラトは知ってるけど」
アサヒも困った顔をしている。
「そんだけ知識あれば充分じゃない?」
あたしはタバコの煙を吐きながら言った。
上月は「ちょっと待ってて」と言ってまた控え室に戻って行った。
上月がギターを手に戻ってきた。
「店長、ちょっとアンプ借りていいっすか?」
「どうぞー」
そんなやり取りをしてあたしとアサヒに「こっち来て」とステージの方に手招きした。
「これ、アンプ。ちなみにライブハウスのだからマーシャルのいいやつだけど。で、このギターがストラト。俺のだけどね、こっちはフェンダーUSAだから結構高いよ」
ステージに座って上月はアサヒを見た。
「アサヒくんはどんな音楽やりたいの?」
アサヒは即答で「爆音のロック!」と答えた。
上月はギターのチューニングをちょっとしてからピックで一気に音を鳴らした。
しばらく上月は色んなジャンルの音を鳴らした。
ハードな音からメロコアな感じ、それからちょっとスカっぽい音。
アサヒは唖然として見ていたけど、あたしは楽しくなって
「店長!ドラム!借りていい?」と叫んだ。
店長の了承も得ないであたしはドラムを上月の音に合わせて適当に叩いた。
上月がこっちを見てちょっと笑う。あたしも笑って頷いた。
2人でしばらくセッションをしていると、帰りかけの客があたし達を見ていた。
演奏が終わると拍手が鳴ってあたしと上月はハイタッチした。
「すげ・・・」
アサヒは口をポカンと開けてあたし達を見ている。
「ね?音楽に会話はいらないの」
あたしはアサヒに微笑んだ。
「ま、ギターはしばらくスクワイヤーだとして・・・。アサヒ君が好きなアーティストって誰?」
上月が言ったと同時にアサヒが「カート・コバーン」と叫んだ。
「OK。それならストラトよりムスタングだね。ジャパンだとたまにいいのがあるから取り置きしておくよ。お金ためといてね」
アサヒの肩をポンと叩く。
「それよりも大事なのが・・・」
上月はアサヒに隣に座るように手招きした。アサヒも黙って隣に座る。
ギターをアサヒに渡して言った。
「左利きだからまだ救いかな?とりあえずコード押さえなくてもいいからネック持って、ピック持ってみて。持ち方はこうね」
アサヒは受け取ったピックを戸惑いながら握った。
「手をさ、こう下にジャーンって鳴らせる?形とかどうでもいいから」
あたしはその様子を黙って見ていた。
ギターを弾きたいアサヒがピックを持って弦を鳴らせなきゃ何の意味もない。
アサヒはしばらく右手を見つめてから思い切りピックの下へ下げた。
ジャーンという音がアンプを通して鳴る。
それを見て上月が「お、大丈夫じゃん」と笑顔になった。
アサヒはピックをしっかり握った手を見つめて「鳴った・・・」と呟いた。
「アサヒ!大丈夫!音ちゃんと鳴ったよ」
あたしは嬉しくなってアサヒの手を握るとアサヒの手は少し震えていた。
「アサヒ・・・」
「優雨、俺ギター弾ける。すっげー嬉しい」
アサヒがお日様みたいに弾けそうな笑顔で言った。
翌日、アサヒと待ち合わせをして2人で上月が働くリサイクルショップへ向かった。
「何か女の子に車出してもらうって男として最悪・・・」
アサヒはブツブツ言っていたけどあたしは笑い出した。
「アサヒが足完治したら、あたしは車出さないからね。それまでは構わないよ」
運転しながら、あたしは昨日からずっと思ってた事を言った。
「ねぇ、あーって言ってみて」
「は?何で?」
「いいから!あ、それより「鳩ぽっぽ」歌ってよ」
「はぁ!?ヤダよ!!」
「じゃぁ、あーって。ほら早く」
アサヒは渋々「あー」と言った。
やっぱり・・・。
昨日あたしが思ってた通りだ。
それを上月にも言ったら「そうだね」って言ってたし。
「ねぇ、アサヒ、あんたギターボーカルやりなよ。声が歌うのに向いてる」
あたしの言葉にだいぶ間を開けてから「はぁ!?」と叫んだ。
「ヤダ!絶対ヤダ!!人前で歌うなんて無理!!」
「リーダーの言う事は絶対なの。あんたまだ初心者にもなれてないんだからこれは命令よ。それじゃなきゃあたしはドラムやらない」
「それって横暴って言うんだぞ!歌うって・・・ギターも弾けないのに歌って・・・アホか」
「とにかく!アサヒは歌うの。これは決まり。じゃなきゃ帰るよ!」
「・・・わかったよ。どこぞの女王様だよ、全く」
アサヒがずーっと不満を言ってる間に上月の店に着いた。
「お待ちしてましたー」
店の名前が入ったエプロンをした上月が愛想よく言った。
「へぇ、真面目に仕事してんのね」
「テメー、バカにしてるだろ」
あたしに中指を立ててから「アサヒくん、これスクワイヤー。形は昨日のストラトと一緒」
そう言って濃紺のギターを出した。
「え?これ1万なの?」
アサヒはビックリしてる。
「うん。試し弾きするから座って座って」
そう言って、アンプに通すとピックではなく指で簡単に弾いた。
「ね?悪くないでしょ?お買い得だと思うよ、メーカーってより音が。来る前に弦も張り替えておいたし、チューニングもしてあるから。あ、後は特別サービスでーす」
そう言って、小さいアンプとシールドとピックが5個、それに皮のギターケースを出してきた。その他に何か入ってる箱。
「これ、俺が昔使ってたエフェクター。まだ必要ないかもしれないけどあげる。あとはコード表PCでプリントしてきたから。それと誰でもすぐ弾けるようになる曲の楽譜ね」
「こんなに至れり尽くせりされていいの?」
戸惑った声でアサヒは言った。
「まぁ、優雨とは付き合い長いし。友達としてね、昔振られたんだけど」
そう言って笑っている。
「はぁ・・・」
「それと、これは優雨から頼まれてるんだけど、優雨のバイト先ってスタジオもあるんだけど、そこでよかったらバンドの練習終わってからでいいならギター教えるから」
「え!?いいの!?」
その声にあたしは思わず笑ってしまった。
「だってあたしギター教えれないもん。信用出来るギタリストって上月しかいないからさ」
「でも・・・」
「音楽に言葉なし!それに俺も好きなんだ。カート」
上月はニッコリした。
アサヒもようやく笑顔を見せた。
「それで、歌う事にしたの?」
上月に聞かれて困った顔で頷いている。
「うちのリーダーは鬼より怖いから」
「何よ、それ!」
あたしがアサヒの頭を叩くと「イテっ!」と言った。
「とりあえず、アサヒ君の練習と努力次第だから、1ヶ月後にスタジオで。1日4、5時間練習すればコードなんて覚えるし手も上手く使えるようになると思うんだ。いいリハビリにもなるよ」
「5時間!?」
「それ普通だよ」
上月は楽しそうに笑っている。
アサヒはギターを見てから頷いた。
「1ヶ月。俺死ぬ気で練習するから。宜しくお願いします!!」
「うん。ついでに常に何か歌ってなよ。声帯鍛えないとね」
そう言って微笑んだ上月とあたし達は別れた。
「いいのかな・・・」
上月にもらった山盛りの荷物を抱えてアサヒは困惑している。
「いいんじゃない?上月が勝手にくれるって言ってるんだから」
あたしは運転をしながら返事をした。
「しかもギター教えてくれるって・・・」
「上月に確かに頼んだけど、断らなかったのは上月の意思でしょ?人の善意は素直に受け取った方がいいよ」
「うん・・・」
アサヒはケースに入ったギターをそっと撫でた。
「俺、弾けるようになるかな・・・。こんな手で」
「弾けたじゃない。出来るって。何事も後ろ向きはよくないよ、アサヒの悪いクセだね」
「そうだね、俺やっぱり事故に遭ってから自信って正直ないんだ。それまでは全部俺都合で回ってるような気分で偉そうにしてたんだけど。全部失って自信もなくなった」
「また戻るよ、自信。まぁ、俺様にはなってもらいたくないけど」
「優雨ってすげーポジティブだよね」
アサヒはクスクス笑いながら言った。
「え?そう?だって下ばっかり向いてても損じゃない。楽器だって上手い下手の問題じゃないよ、ようは出来るか出来ないか、あたしはそう思う」
ライブハウスの前に着くとあたしは車を停めた。
「寄ってかない?今日は何もない日なのよ。練習してけば?あたしいればスタジオ代タダだし」
「え?いいの?」
あたしはニヤリと笑って言った。
「ウチの店長オネェ系なの、実は。アサヒの事気に入ってたから永遠にタダだと思うよ」
「ええええええ!?」