Jams〜ジャムズ〜


都築の言葉を聞いて、ヘンリーさんが笑顔で頷いた。


それから「楽器を持ってバーに降りてきなさい」と言う。


あたしがみんなに伝えると、あたしもそうだけど『何で?』という疑問が出る。


「Come early」(早く)というとヘンリーさんはさっさと部屋を出て行った。




それぞれ楽器を持ってバーに降りると、ヘンリーさんはタバコをゆっくり吸いながらバーボンをグラスに入れていた。

バーボンを飲みながらヘンリーさんが言った。


「The insufficient thing "adjusting breathing" to you. Because there is not it, there is not a sense of unity, and a sound breaks up. It becomes the dissonance.」
(君たちに足りないものは「呼吸を合わせる」という事。それがないから一体感がなくて音がバラバラになる。不協和音になるんだ。)


それを聞いて「なるほどね・・・」と鈴木が頷いた。


「不協和音・・・、確かにな」都築も納得している。



「Asahi」ヘンリーさんに呼ばれてアサヒがそばまで歩いた。

耳元で何かを言われていて、最初は黙って聞いていたけど「え!?」とビックリしている。

それからあたし達の顔を見ながら嫌だなーって表情になっている。


ドンっと背中を押されてアサヒが戻ってきた。


『何?』


全員で聞くと、しかめっ面のアサヒがボソボソと話し始めた。


「・・・今からライブやれって。曲は『バイバイ地球』。で、俺さ無意識だったんだけど、ギター弾く前に目閉じるじゃん?あれを全員やれってさ」


『ライブ!?』


「うん。一曲でいいって。で、俺が足を一回鳴らすからそれから曲に入る事。優雨がスティック鳴らすのはいらんってさ」


「えー、あたしが鳴らして曲入るでしょ?それをアサヒの足音にすれって事?」


あたしは不満でヘンリーさんに「何か足鳴らして入るって変だよ」と言った。

ヘンリーさんの答えは「それが一番、タイミングが合うんだよ」との事。


「アサヒ、足音ってどんな感じ?」


鈴木がアサヒに聞いた。

それは重要な事だ。

センターにいるアサヒの足音が全員に聞こえないと曲に入れない。


「What should footsteps do?」(足音ってどうすれば?)


アサヒの質問にヘンリーさんは立ち上がって、片足の踵を軽く上げて下ろした。

静かなバーの中で「トン」というすごく小さな音がした。


「無理!!」


都築が首を振る。


「ライブハウスのザワザワした場所でそんな音聞き取れないし、アサヒが目を閉じるクセ、あれ全員やるわけだよな?それは精神統一って意味で多少は納得したし、必要ならやるけど、足音なんて聞こえねーよ!」


「都築に賛成!!だってあたしドラムセットの奥にいるんだよ?聞こえないわ、見えないわでどうすればいいのよ!」


「それは僕も同じ。いくら隣にいるっても始まるまで目を閉じるんでしょ?わかんないよー」


「だよな?俺も思う。足音ってなら・・・」


アサヒが勢いよく床をドンっと音がなるくらいに踏みつけた。


「こんくらいじゃないと難しいだろ?」


その音なら全員聞こえるけど、膝を思い切り曲げて床を踏みならさなきゃその足音は出ない。


「足音重視ならそれしかわかんねーな。でもギターボーカルがそれやったら激しくダセーな」


『同感ー』


そんなあたし達をヘンリーさんは笑顔で見ていた。

「Do not you tell one piece?」
(一曲聴かせてくれないかな?)


ヘンリーさんの言葉に全員でギョっとなる。


「え、円陣!!」


あたしが言うと「円陣??」と言いながらみんな集まった。


「今、この場所ならヘンリーさんの足音でも聞こえるからとりあえずはそれでやってみない?」


全員頷く。


「あ、それとさ『バイバイ地球』に入る前に、何て言うかギターとかベースを振り下ろす感じ?ジャーンって。そうやった方が激しい曲始まるって感じだし、何か世界観わかる気がする」


鈴木の発言に「なるほどねー」と感心。


「アサヒ、目閉じてる時って何考えてるんだよ?」


都築の質問に


「最初に手が不自由な時に『弾けますように』って暗示かけてたのがクセで残ってるだけ」


と返事をした。


「じゃあ、全員目を閉じる時は『間違えませんように』って感じでOK?」


あたしが言うと『了解』の声。


呼びかけで円陣を組む。それぞれの肩にしっかり手を回す。


「いい?ある意味これが『Jams』の初ライブだよ?あたし達は今までやってきた事をやればいい。アサヒの足音を待てばいい。大丈夫?」


『OK!!』


「よし!!じゃあ、いこうか!!」


『ッシャー!!』


そう言ってあたし達はしれぞれサウンドチェックに入った。

セッティングが終わったのを待ってアサヒが振り返る。

少しだけ微笑む。


それからアサヒの背中は全く動かなくて、あたしも目を閉じた。


みんな目を閉じてるんだと思う。


シーーーンとした静けさの中、どの位時間が経ったかわからないけど、




トン・・・




と小さな足音がした。



パっと目を開けると、スティックをしっかり握る。


みんな楽器を振り下ろす瞬間、あたしも思い切りドラムを叩いた。


『バイバイ地球』


間違えないように、そしてみんなで気持ちいい音を出せるようにあたしはひたすら自分が作ったドラムラインを叩き続ける。


でも、不思議・・・。


今までのスタジオ練習より、そして、同じキックペダルなのにあたしの足に吸い付くようだ。


スタジオと全く違う雰囲気。


これがライブなんだ・・・。



ライブって・・・


こんなに気持ちいいもんなんだ。


一曲だけで汗だくのあたし達にヘンリーさんは拍手した。

「Hey, your present performance to be possible if breathing matched was splendid. Do you look?」
(ほら、呼吸が合えば出来るだよ、君達の今の演奏は素晴らしかったよ。見てみる?)


『見る?』


袖で汗を拭いながら聞き返した。


「あ、ビデオカメラ・・・」


本格的な感じのカメラがヘンリーさんの隣にあった。


「何で撮ってたのかな?」


鈴木がカメラに近寄ってキョロキョロ見ている。そしてあたしに言った。


「優雨、ヘンリーさんに何で録ってたのか聞いてよ」


「うん・・・、でも本当に何でだろうね?」


答えてからヘンリーさんに伝えた。


ヘンリーさんの言葉を聞いてあたしはビックリした。


「ちょっと!!演奏が良かったからこのカメラの映像をHPのPVとして使ったら?だって!!」



みんなでヘンリーさんが録っていた映像をカメラの小さなモニターで確認。


その中に映っているあたし達は今までとは全然違うくて、このバーの雰囲気とアサヒの声が合っていて、それなのにギャップがある爆音で、全員真剣だから、すごく良かった・・・。


「本物の売れてるバンドのPVみたい・・・」


鈴木の言葉に納得。


ヘンリーさんも「いいでしょ?」とニヤリと笑った。

「・・・次、HN、カラスさん。女性。『JamsのCDはどこで手に入りますか?』・・・同じ質問が他に10通」


「ありません」


「ありません・・・と。ん?製作中とでもつけとくか」


「次、HN、フミさん。男性。『皆さんはブログ書かないんですか?後、皆さん、特に優雨ちゃんのプロフィールが知りたいです。優雨ちゃんが好きです』、これはアサヒと都築くんにも同じ質問来てるね。載せる?」


「いやよ!」


「考えてみます。・・・って書いとくか」


「次・・・」


『もー疲れたぁ』


この言葉に鈴木がため息をついた。


「あのさ、僕達なんかに書き込みしてくれるって貴重だよ?真面目にやろうよ」


「何で俺が返信担当なんだよ!」


都築が眼鏡を外してPCから目を離した。


「だってあたし面倒だもん。都築ってマメだから返信担当でいいじゃない」


「俺も無理。『うるせー』とか平気で書きそう」


アサヒがベッドの上で胡座をかいた。


「っていうか、帰国してからでもいいじゃん。今それどころじゃねーよ」


そのアサヒの言葉に鈴木が睨みつける。


「あのね、店長がライブハウスのHPにリンクしてくれてるからこうやってライブもした事ない僕達のBBSに書き込みがあるんだよ?もっと真剣になろうよ!」


『帰国したらね』


3人でそう答えると、鈴木も「もういいや、今回はここまで」と言ってPCを閉じた。

「まぁ、書き込みも大事だけどさ、明日のライブはこれからの活動に影響するんだからまずそっちに集中しない?」


あたしが言うと全員頷いた。


「問題は『合図』だよね。足音はやっぱり難しいね」


鈴木の言葉に『そうそう』とまた頷く。


「客がいない状態だったら完璧なんだけどな」


ライティングデスクに頬杖をついて都築が言った。


「明日、客がいないって事有り得ないワケ?」


アサヒの質問にあたしは首を振った。


「有り得ない。ヘンリーさんの店って結構人気あるのよ、特にミュージシャンにね。席の数からいって最低で30人は人が入るわ、多くて50人以上」


「30人・・・絶対に足音なんて聞こえないな」


アサヒが呟く。


「それに、ヘンリーさんが日本からバンドが来るって出しちゃったらしいの。面白半分だろうけど明日、50人は固いと思う」




しばらく4人で無言になる。


明日、午後11時半。あたし達はこのアメリカのデンバーでバンド初のライブをする。


曲はオリジナル3曲。演奏時間は20分。


問題は曲入りのタイミング。


そこが合わないと『Jams』の演奏は悲しいくらいにバラバラになってしまう。



「足音以外の合図・・・。手を上げるとかダセーのは嫌だよな」


都築の言葉に『だよねー』と納得。

「都築、普通のバンドってどうやって曲入りすんの?」


アサヒが聞くと、都築が「あー」と言った。


「ボーカル・・・つまりお前がみんなを見て頷いてとか?それぞれ違うけどな」


「僕ら始まるまで目を閉じてるんだよ?それわかんないよー」


「目を閉じるのは初期段階だろ?慣れたらいらねーよ」


「だからその初期段階が明日でしょ!」


鈴木が天井を仰いだ。


「何か音出さなきゃわかんねーよな」


アサヒもドサっとベッドに転がった。


「ちょっと!ここあたしの部屋よ!やめてよ、ベッドに寝るの」


あたしが文句を言うと「はいはい」と起き上がる。


「あ、そうだ」と都築が言った。


『何?』


「アサヒも優雨も英語喋れんだから何か言えよ。その言葉が終わったと同時に入るとかは?」


「あのさー、相手外国人なのよ?バレッバレじゃない、その方が100倍ダサイわよ」


「じゃあ、日本語か?『はじめるよー』ってアサヒが言うのか?その方がダサくないか?俺ら、今後日本でライブやるんだぞ?英語の方がいいだろ」


「例えば?何て言えばいいんだよ?」


「何かねーの?逆に聞くけど。『始まる』的な言葉」


アサヒと顔を見合わせるけど・・・


「ないわよ。思いつかない。やっぱり音がいいとあたし思う。人にはわかんないし、ダサさが伝わらないし」


『音ねー・・・』


もう、ため息しか出ない。

「あ!!名案発見!!」


鈴木が叫んでみんなビックリする。

キョロキョロ見回して「あ、優雨の部屋だココ」と言うなり部屋を飛び出した。


唖然としながらも


「鈴木が一番バンドの事考えてるよな」


という都築の言葉にあたし達は同感した。



しばらくしてドスドスと鈴木らしい足音が聞こえた。


手にはベースとアサヒのムスタング。


「ごめん、鍵開いてたから持ってきちゃった。都築くんもギター持ってきて」


怪訝そうな顔をした都築が部屋を出た。


都築が戻ってくるのを待ってる間、あたしはスティックを持たされているし、アサヒもギターを構えてるし意味がさっぱりわからない。




「で?」


ギターを持ってきた都築が鈴木に聞いた。


「えーと最初にやる曲は『バイバイ地球』だよね?アサヒ、イントロ弾いてみて」


「何で?」


「いいから!」


鈴木に言われて、アサヒはイントロを弾き始めた。


「うーん、そうじゃなくて単び弾き出来る?」


「単弾き?」


益々わからないという表情をアサヒがした。