「……」
何も言い返せなかった。
「ハハ。
否定してよ」
ドキ……。
とても静かに胸が鳴った気がした。
私を見て、試すような目で笑う早瀬君。
こういう時、どういう反応すればいいんだろう。
男の人とちゃんとつきあったことも、まともに喋ったことすら無い私に分かるわけがない。
ただ、窺うような目で、早瀬君を見つめることしかできない。
「俺は分かってたよ。
中学校の時から」
「へ?」
早瀬君はふいっと視線を逸らし、本棚の方へ真っ直ぐ向き直る。
「楠原、猫かぶってんなーって」
「ちょっ!
失礼じゃ」
早瀬君はクスクス笑う。
「だって違ったから。
クラスでの愛想笑いと、走り終えた時の満面の笑みと」
「……」
「あと、なんか八方美人。
そして卑屈。
嫌われたくないくせに、“私はどーせ”って中途半端に世の中諦めてる」
……。
ヤバい。
なんで?
この人心が読めるの?
「どうして……」
「見てたら分かるよ」
「……」
ズ、ズー……。
コーヒーを飲み終えた早瀬君は空になった紙パックを、カウンターにパコンと置いた。
パラリ……。
話に勝手に区切りをつけ、再び本を読み始める早瀬君。
うーん。
やっぱり、上手く掴めない。
この人。
私って、そんなに分かりやすいの?
早瀬君が洞察力あり過ぎるの?
私はモヤモヤッとした気持ちと同時に、何か今まで感じたことの無い気持ちを感じた。
腹は立つ。
ムカッともくる。
でも、私が自分自身認めたくなくて見て見ぬふりをしていた嫌なところを見抜いてくれている。
その事実が何故だか分からないけれど、思ったより嫌じゃなかった。
風が舞って、少し埃っぽい風が入って来た。
カタン。
カラカラカラ……。
私に影が出来る。
気付くとまた斜め上に早瀬君の顔と腕があって、私の後ろの窓を閉めていた。
頭のてっぺんの少しだけ髪が浮いている部分に、早瀬君の腕が、いやシャツがフワッと掠った。
「……」
私は慌てて視線を戻し、いちごオレをチューーっと吸った。
風が入らなくなったことで、またフッと図書室が姿勢を正す。
緊張感が戻ってくる。
私は、俯いた勢いを使い、赤くなった頬を横の髪で隠した。
いつもの昼食時間。
恵美ちゃんと、えっと……、玲奈ちゃんだったけ?
と一緒にお昼ご飯を食べる。
相変わらず玲奈ちゃんは自分の彼氏の話。
恵美ちゃんは最近別れた彼氏のグチをネチネチ話している。
「ねー、ねー、果歩りんさー、彼氏今までいないって言ってたじゃん?
欲しいと思ったこと無いの?」
玲奈ちゃんが食後にと持ってきていたアロエヨーグルトを食べながら聞いてくる。
ああ。
こっちに話振らないでよ。
「そうなんだって玲奈!
果歩りんも昨日のカラオケ誘ったのに、図書委員がなんたらで断られて」
声、でかい。
声、でかいよ。
既にどこかで昼食食べ終えて、斜め前で机に突っ伏して寝ている早瀬君に聞こえるじゃん。
まあ、本当に寝てたら聞こえてないんだろうけど。
「彼氏……。
うーん。
今、特にいらないかなぁ……」
もう板に着いている愛想笑いをしながら、面白くない答え方をする。
「果歩りん!
うちら花の女子高生だよ!
大人が金払ってでもつきあいたい貴重な時期の乙女だよ!
恋をせずに何をするっちゅーの!?」
手を大きく開き、ミュージカルのように喋る恵美ちゃん。
乙女って、って玲奈ちゃんが笑いながらつっこむ。
あー、恵美ちゃんホント声大きい。
これじゃ教室中に丸聞こえ。
「だって、そんな……、出会えないし……」
私だけでも声を小さく喋る。
「だーかーらー!
誘ったんじゃん、カラオケ。
カラオケが嫌ならファミレスでもいいから、今度、取り合えず遊ぶだけ遊ぼうよ。
別に堅苦しく考えずに、いい人に出会えたらラッキー程度で。
隣のクラスの男友達に声かけとくから」
なんでここまでしてくれようとするんだろ。
ありがたいって考えるべきなのかな?
それともただの暇つぶし?
やだ……。
私、また卑屈になってる……。
チラ……、っと早瀬君の方を見た。
交差した腕にもたれて机で寝ている早瀬君が、薄く目を開けてこちらを見ていることに気付く。
「……っ」
ドキリ、とした。
腕に隠れて目しか見えないから表情が読み取れない。
笑っているように、見えなくもない。
「ね、果歩りん、決定ね!
じゃ、念のためタイプ教えて?
どんな人が好き?」
恵美ちゃんの声にビクッとした。
こちらの世界に引き戻される。
早瀬君からパッと目を戻した。
「ど、どんな人って……」
私返事してないのに……。
どんどん話が進んでいく。
でも、ここで断ったら空気悪くなるよね。
「嘘……つかない人」
一瞬、2人の目が点になる。
その後、ブハハハハと笑われた。
「ホント果歩りん面白いね。
もっと、こう、外見とか雰囲気とか。
そういうんじゃなくて」
そういうんじゃなくて、って……。
結構、大事なことだと思うんだけど……。
「はは。
とくに無いよ。
タイプなんて」
お得意の愛想笑い。
ああ、なんか、……疲れる。
嫌だな。
恵美ちゃん、ホントにセッティングしそう。
自分とテンションの全く違う男女に囲まれるなんて、そんなの私には考えられない。
私、面白くもなんともないのに。
浮くの分かってるのに。
恋愛って、そんなに必要なものなのかな?
自分がちゃんと男の人とつきあうところなんて想像できない。
またあの中2の時みたいになるのが目に見えている。
第一、こんな大人し過ぎる自分に付き合おうって言ってくれる人なんて現れない。
おかしいのかな。
高2になってまでそんな考え方。
雑誌とかワイドショーでは、高2って言ったら大人が驚くほどいろいろ経験している。
あっちが一部なのか、こっちが一部なのかわからないけれど、私にはそんなの無理だ。
ほっといて欲しい。