「早瀬君」
愛しい彼女が俺の名前を呼ぶ。
サア……と、雨がとても静かに地面を打つ音がこの図書室内にも響く。
回想に耽っていた意識に、現実の音が優しく戻ってくる。
「何?」
「数学……、また教えて欲しいんだけど」
上目遣いで訴える楠原は、自覚していないのかほんのり頬を染めている。
「雨、弱まってきたし、アトリエ見学がてら俺の家で教えようか?」
「え……」
明らかに紅潮する顔。
今度は自覚あるみたいだ。
頬を隠すように髪を手で梳いたから。
「……うん」
照れながら頷く彼女は、それからまた無口になった。