世界は終わらないと思ってた

毎日は毎日続くと思ってた








「おい…!男の子が轢かれたぞ…!」

「救急車…!」


私の目の前で、周りにいた人が次々と叫びながら集まり始めた。

大きなトラックの周りに集まる人たちを、ただ私は眺めていた。



動けないまま。
頭が働かないまま。
何も理解出来ないまま。



ただ目の前を見つめていた。




修弥(しゅうや)が――私の彼氏が歩いて行った方向を――…










――…今日は特別ついてない気がする。


そんなことを思い肩にもかからない髪の毛をいじりながら窓の外を眺めていた。窓から見えるのは、さらさらと降り注ぐ雨。

今日は朝から雨だし、低血圧だって言うのに昨日の晩ご飯のカレーを朝ご飯に出されてお母さんとケンカするし、小テストがあること忘れてたせいで散々だったし。

些細な事だけど、今日はなんだか調子が出ない。何となく『ついてない』そんな気がする今日。


「実結(みゆ)」


名前を呼ばれて窓ガラスを見ると、そこにはへらへらしながら歩いてくる修弥の姿が映っていた。

短かめの髪の毛はつんつんと、それでも歩く動きでゆらゆらと揺れている。

何がそんなに楽しいんだか。そう言いたくなりそうな顔。バカみたいだ。


「何?」

「なんだよ?不機嫌だな」

あんたの顔を見てるからだ――なんて、言えないけれど。

「今日見たい映画があるんだけど、いかねえ?」

だと思った。

付き合ってもうすぐ二年の私たちのデートの大半は映画デートだ。

「…いいよ」



映画館で無言で二時間見て、終わってファーストフードでご飯食べて、サヨナラ――…そんな同じコースのデートをデートって呼んで良いものなのか悩むけど。


お互いに映画が好きだから仕方ないのかもしれないけど。






「今日は暇なの?」



つい、そう言ってしまって自分で、あ、と思ったけれどもう手遅れ。

なんだって私はすぐに言葉に出してしまうのか。思った事を――少し意地悪に言ってしまうこの口。


「あ?」

ほらきた。

「なんだよ?暇つぶしに誘ってるみたいに言うなよお前」

あからさまにむっとした顔つきでポケットに手を突っ込んで教室を後にする修弥の姿を見つめた。


「また帰りに来るから」

「わかった」

教室の扉で少し足を止めて私の方に振り返った修弥に、私も軽く返事をした。


――暇つぶしに誘ってる癖に。

その言葉は飲み込んだ。



言いたい訳じゃないけれど、言わないことも出来なくて、中途半端な嫌味ばかり。


ケンカする訳じゃないけれど、どこか晴れない心と、私たちの関係。


昔からこんな感じで、多分そんなに変わってないけれど…どこか変わってきているような気もする私たち。




修弥と付き合ったのは、中学二年の頃だった。



『お前ら付き合えばいいじゃん』




そんなくだらないクラスメイトの冷やかし。なにがどうなってそんな冷やかしを受けたのか記憶にはないけれど。


中学二年の時から同じクラスだったけれど、そんなに多くを話した記憶はない。


かといって別に話さないこともなかったけれど。普通のクラスメイト。それ以外何一つ接点がない。


あったと言えば、趣味くらいだろうか。

同じ音楽に同じ映画。同じ漫画に同じ小説。それをきっかけに数回話が盛り上がったくらいだって言うのに。


『じゃ、付き合う?』


ホントに何を考えてるんだろうか。
クラスメイトの冷やかしに真顔でそう返事をした修弥の顔を私は忘れることはないだろう。



バカじゃないかと思った。


教室の中央でいきなりそんなことを言われたもんだから、私の返事を聞くこともなくいつの間にか『恋人同士』になって――そのまま今。


多分修弥もバカだけど、私もバカなんだろうな。

嫌いなわけではないけれど、分からない間に無理矢理そうさせられた――そんな気がしてならない。






「今日はデート?」


もう見えなくなった修弥の後ろ姿を未だ見ていた私の背後から佐喜子(さきこ)の声が聞こえてゆっくり振り返った。

「暇らしいからね」

「もー…意地っ張りね、あんたも」

私の言葉に苦笑いする佐喜子に私もつられて笑った。笑わないとやっていけないじゃない。


「中学からの噂のカップルなんだから仲よくしなさいよー」


中学からの友達の佐喜子はそういって明るい色の長い髪をくるくるといじりながらクスクス笑う。

あんな付き合い方をした私たち。そりゃ学校内でも有名だったけど――…そんなの邪魔なだけだ。



一年経ったのも忘れていたあいつには、もうすぐ二年になるのもきっとどうでもいいことだろう。

現にそんな話なんてしたこともないし。

何もなくこうやって毎日だらだらと続いてきたんだから。

かろうじてクリスマスと誕生日だけは――…映画デートはしたけれど。


自分で思ってもばからしく感じる。

「時間の問題かもね」

そう小さく呟いた。


「——噂、気にしてるの?」



私の言葉に笑うのをやめた佐喜子がのぞき込むように近づいて小さく聞く。






気にしてない、と言えば嘘になる。


そんな風に付き合った私たちだけど――…それでも一緒にいるのは嫌いじゃなかった。楽しい事の方が多かったかもしれない。


修弥は明るくて、すぐ怒るけどそれでも面白くて、友達が多いのだって納得がいくくらいには一緒にいるのは楽しかった。

別に特別格好いい顔でもないし、特別背が高いとかそんなものもないけれど。

もちろんケンカも数え切れないほど繰り返してきたけれど。


最近急に会う機会が減ったとか、連絡が減ったとか、そんなものは大したことじゃなかったし、今までだってそんなに頻繁に連絡を取っていたわけでもない。

同じ学校で、家も近くで、友達と遊ぶ時間だって修弥は大事にしているだろう。



だけど。




『修弥君が同じクラスの女の子と、深夜一緒に歩いてたのを見た』




そんな事を耳にして、一気に何かかが溢れた、そんな気分だ。