「ソウちゃんがエサをあげてる姿、すっごい可愛かった」


ルウコは携帯を出して写メをボクに見せる。

そこには仏頂面でイルカに魚をあげているボクが写っていた。


「うぉ!!何撮ってんだよ!!」


ボクはビックリして大声を出した。

周りの客がボクを見る。

慌てて座り直してルウコの携帯から写メを削除しようと手を出した。


「やめてよー。これ、待ち受けにするんだから」


ルウコは携帯をさっさとしまってしまった。


ボクはガクリと肩を落とす。


「そんなにイヤ?」


ルウコは面白がって聞いてきた。


「イヤですね」


「迷ったんだよね、サッカーやってる写メと」


「はぁ!?」


「でもソウちゃん絶対怒るから。よかった、可愛い待ち受けできて」


ボクは携帯をルウコに向けた。


「なぁに?」


ルウコが自然と携帯に寄る。

その瞬間、カシャッと写メを撮った。


「ちょっと、何!?」


ボクは写メを確認すると爆笑した。


「あははは、ルウコ、寄り目になってる。すっげー変な顔」


ルウコは真っ赤になって「今すぐ消して!!」と怒った。


周りから見ればボク達はえに描いたようなバカップルに見えるんだろうな。

ルウコへ


初デートご苦労様でした!


・・・あれ?ご苦労様はおかしいか?


楽しかったな、また行こうな。


次は遊園地がいいです。ルウコがキライなジェットコースターとお化け屋敷は必ず行こうな(笑)


ルウコの変顔を待ち受けにしたかったけど、ルウコは怒るとすっげー怖いからやめておきます。


代わりにルウコがイルカにエサをやっている姿にしました。


後姿なんだけど、ボクは写真の才能がズバ抜けているのか!?と思うほどによいできです。


それと夏休みはフェス!!絶対行こうな!


幹太と約束してるけど、みんなで行ったら楽しいから明日香も誘うか?


幹太が言うには明日香も好きっぽいらしいぞ。


花火大会ほどではないけど、好きなアーティストのライブ見て騒いで遊んだ後に夜上がる花火はすっげーキレイです。


ルウコと見たいな。


キャンプするんだけど、それがまた楽しいんだ。だからみんなで行った方が盛り上がるんだよな。


でも、夜遅くにシークレットとかで演奏するアーティストはルウコと一緒に見たいな。手とか繋いでさ。


それ以外にも夏休みはいっぱい遊ぼうな!


海にも行きたいし。



でも、一つこれは勝手なボクの思い込みなんだけど心配事があります。


ルウコはあんまり身体が丈夫ではないっぽい気がします。


実は明日香もそんな事をチラっと言ってた事があって・・・


それはボクとルウコが付き合うずーっと前なんだけど。


まだルウコが「柏木」だった頃。


体育を結構休んでるって話を明日香がしていたような気がします。


今は身体は大丈夫なんですか?


ちゃんと隠さずに教えて下さい。


そうじゃなきゃ、ボクは外で遊んだりするのが好きなのでルウコに無理をさせてしまうかもしれません。


具合悪くなって夏休み全然遊べなかったとかは寂しいので事前に教えて。



段々、手紙ってものを書くのに慣れた気がします。


前より指が痛くないんだ。


では。



高柳 蒼 より

何でだろう・・・?


ボクはボールをトントンとリフティングしながら妙な胸騒ぎがした。


胸騒ぎなんて滅多にない。そして当らない。



「高柳ー!遊んでないでシュート練習しろー!!」


顧問の怒鳴り声が聞こえたから手を上げた。

ボクなりの「わかった」という合図。



フリーキックの練習中で、左利きのボクは当たり前だけど左にボールをセットした。


ちょっと離れて、また戻ってセットし直し。


「先輩がフリーキックちゃんとやるなんて珍しいっすね」


後輩が声を掛けてきてビックリする。


「え?オレ?」


「オレ・・・高柳先輩に話し掛けたんですけど」


後輩は困った顔をしている。


「あー、スペインだったよな優勝。オレ密かにマラドーナ効果でアルゼンチンかなーって思ってたけど」


「先輩、オレ、ワールドカップの話なんてしてませんよ」


「あ、そうだっけ?何だっけ?」


ボクが愛想笑いをすると、


「高柳ー!セットに何分かかってるんだよ!」とまた顧問の怒鳴り声。


またぼくは手を上げて、今度こそ集中して思い切りボールを蹴った。


ザっといい音がして、ボールはゴールの中へ吸い込まれて行った。

周りがワっと騒ぐのに対してボクは複雑だった。


ボクはそんなにフリーキックが得意ではない。

だけど、あっさり決まった。この妙な感覚は何だろう?


「高柳、マジメにやれば出来るじゃないか」


顧問が笑顔言うのにも、「まぁ・・・」と曖昧にしか返事が出来なかった。



もう一度、ボールをセットしてみる。

さっきとは全く違う角度。


(外れるか、よくてポストに当たって終わりだな)


そう思って蹴った。

でも、結果は見事なゴール。



「先輩スゴイっすねー」


さっきの後輩が声を掛けてきたけど、違う。何かが違うんだ。

何だろう・・・シャツのボタンを掛け違えたみたいな違和感がある。


「先輩?」


「え?あぁ、何か今日のオレって調子いいな」


笑って返事をした。



何かが違う・・・。

この胸にあるギザギザした違和感と不安は何だろう?




『今日は法事があってね、学校早退して明日もお休みなの』


今朝、ルウコがボクが書いた手紙を手にしながら言った言葉がよぎる。



法事じゃないか。だから何だっていうんだ。

早退して寂しいとかそんなんじゃない。

この不安はルウコからくるものなのか?

いつもルウコが部活を見学している石段に目をやる。

ちょうど、明日香が友達と喋りながら歩いているのが見えた。


「おい、ソウ!練習中だぞ」


幹太の声を背中にボクは明日香がいる場所までダッシュした。




息を切らせてボクが駆け寄るのを見て、明日香はビックリしていた。


「ソウちゃんどうしたの?」


息が上がってしばらく声が出てこない。ゲホゲホとむせる。


「ちょっと、大丈夫?」


明日香がボクの背中をさすった。

ボクはそれを制して明日香を見た。


「ルウコは・・・」


そこまでいいかけてまた咳き込んだ。


「え?ルウコがどうしたの?早退したでしょ」


一度深呼吸してから今度ははっきりと言った。


「ルウコの病気は何?循環器って心臓か?」


ボクの言葉に明日香は「え?」と聞き返してきた。


「知ってるんだろ?ルウコが病気だって事」


「ソウちゃん・・・」


明日香は口に手を当てて絶句した。

何を知らないフリをしてたんだ?


ボクは自分に問いかけた。



だってお前は知っていたじゃないか。

図書室で見ただろ?

『難病』『循環器』『心臓疾患』

そう書いてあった本を。



ルウコがその本をいつも真剣に見ていたのをお前知ってるだろ?



ルウコを抱きしめた時、何を忘れようなんて寝ぼけた事を考えた?




今がよければ幸せなんて、最悪だろ。

知らなきゃいけない事実に蓋をして、「幸せ」なんてあるわけないだろ。



よくTVの街頭インタビューとかで女子高生なんかが、


「てか、今幸せだったらどうでもいいし」


なんて事を言っているのを見て「バカじゃねぇの?」と疑問に思っていた。


その「バカじゃねぇの?」にお前もちゃっかり染まってるだろ?






ボクは明日香の顔を見ながら、自分に疑問をいっぱいぶつけていた。

「なぁ、明日香。オレ知ってるんだよ」


ボクがそう言っても明日香は口に手を当てたままだった。

明日香の友達が心配そうにコッチを見ていたから、

「悪いけど、先に帰っててくれない?」と言った。



突っ立ている明日香に「ちょっと待ってて」と言って、ボクはグランドに戻った。

ボクをポカンと見ていた幹太に

「オレ帰るわ」

と声をかけて自分のジャージを手に取った。


「おい、どうしたんだよ?」


幹太が言ったけど、「今度話すわ」と言って明日香の所へ戻った。



明日香は困った顔でボクを見ていた。


「悪いけど、部室に荷物あるから付き合って」


ボクは部室へ歩き出した。

明日香も何を言わないでついてきた。



部室から荷物を持ってくると、ボクはジャージ姿のままで明日香に言った。


「で、ルウコの病院どこ?」


「ソウちゃん・・・何で?」


掠れる声で明日香が言った。




やっぱり・・・。


ルウコは病気なんだ。



自分で言ったクセに相当ショックがあった。

ルウコがいる病院は大学病院だった。


「あたしはこれ以上はついていけない。連れてきた事をルウコに言われるのは仕方ないけど、あたしも詳しくは知らないから」


明日香は病院の前でそう言って帰って行った。



(循環器科は6階か・・・)


エスカレーターの前の案内板を見て、エスカレーターに乗った。


6階の循環器科のナースステーションでボクは看護士に声をかけた。


「検査入院している柏木流湖と面会の約束をしているんですけど」


そう言うと、看護士は笑顔で


「柏木さんね。611号室ですよ」


と答えた。



611号室の前で少し躊躇った。


(どんな顔して会えばいいんだ?)


ボクにひたすら隠していたルウコはどう思う?



別に隠されていたのが腹立つとかそんな感情は全くない。

ボクが逆の立場だったら、やっぱり隠したいかもしれないから。



こんなジャージ姿で現れて、ルウコはどうするんだ?


頭もグチャグチャに掻き毟った。


そんな事を考えても仕方ない。



ため息をついてドアをノックした。