柏木・・・、いやルウコはボクをジーっと見ている。


「かし・・・ルウコって呼ばなきゃダメ?」


ボクは心臓をバクバクいわせながら言った。


「うん。ルウコ。あたしもソウちゃんって呼ぶって書いたでしょ?」


ルウコは少し笑顔になった。やっぱり「元気」な笑顔とは違う気がする。


「何でオレに手紙書いたの?」


周りに聞こえないくらいな小声で聞いた。


「うーん、どうしてだろうね。それは秘密。ソウちゃんが返事を書いてくれたら、それを繰り返してくれたら教える」


「やっぱ、手紙なの?メールとかじゃダメなのか?」


ボクの提案に「絶対ダメ」とルウコは言った。


「今、ルウコさ、繰り返すって言った?それって文通みたいなもん?」


ボクの質問に笑顔で言った。


「ルウコって呼んだ。フフフ・・・嬉しい」


あー、つい呼んでしまった「ルウコ」って。


「そうだよ。文通するの。手紙書いたらお互いの下駄箱に入れておくの」


「オレ、手紙なんて書いたことねーよ」


「そうなの?じゃぁ、あたしがソウちゃんから手紙もらえる第一号だ」


クスクスとルウコは笑っている。


「作文みたいになるぞ?それでもいいの?」


「いいの!」


ボクは呆れてルウコを見た。


なんだ、ルウコだってみんなが思うよりずっと「普通の女の子」だ。


表情がクルクル変わる、どこにでもいる女子高生だと思った。

休み時間になって、同じサッカー部で相方的存在の、中川 幹太(なかがわ かんた)が声をかけてきた。



「ソウ、お前、柏木さんと仲良さそうに喋ってた?」


「え?あぁ、ルウコだろ」


ボクが言うと、幹太はビックリした顔をしている。


「何だよ」


「お前…今、柏木さんをルウコって言った?」


自習中にルウコと話していたら、ルウコって呼ぶのにすっかり慣れてしまった。


幹太はボクの肩に腕を回すと窓側に引っ張った。


「柏木さんをルウコなんて呼んだら誤解されるぞ」


真剣な顔で言う幹太に笑ってしまう。


「幹太、お前が思ってるような子じゃないよ、ルウコは」


「は?」


「全然普通だって。みんなと同じ。幹太もルウコと話してみれば?」


そう言っても「無理」と幹太は赤くなって首を降る。

高嶺の花。


みんなに憧れる対象。



多分、ルウコはそんな事、望んでないんだろうな。


みんなと同じに扱ってほしい、そう願っているのに。



美人ってのも大変なんだな、そう思った。

柏木 流湖 様



約束通り、手紙書きます。


手紙の紙なんてもってないからルーズリーフで悪い。


で、何を書けばいいんだ?


ルウコがくれた手紙に、ボクの事を細かく書いてたから、ボクから見たルウコを書けばいいですか?



ボクに限らずルウコはみんなに美人で完璧だと思われてると思います。


この間、自習の時に初めてちゃんとルウコと喋って思ったのが、ルウコも普通の女の子なんだなって事です。


前までは、あんまり表情が変わるとか思わなかったです。


でも、話してみると、そのデカイ目がクルクル変わって、普通だな〜って思いました。


だから、ルウコから声をかければ友達はいっぱい出来ると思います。

ルウコが何でボクを選んで手紙を書いたかはわからんけど、友達がほしいなら、ボクと友達になりますか?


嫌なら別にいいですよ!嫌ならね!


ボクはルウコと喋って友達になりたいって思いました。


……………


後、何を書けばいいですか?


あ、MFはスゲー選手がいっぱいいるけど、ボクはアルゼンチン代表のメッシが好きです。


メッシはFW、点を取るのが仕事です。


ちゃんとメッシの勉強をしておいて下さい。


字なんて書かないから指が痛いです。


やっぱメールの方が楽。


でもルウコが手紙がいいなら頑張って書きます。


ボクに送ってきた理由が知りたいし。


こんな手紙が面白いか?


今度、お金を払うので手紙の紙を買ってきて下さい。


今日、購買のパンが値上がりしていたぞ。気を付けろよ。


高柳 蒼

ルーズリーフを適当に折って、ルウコの下駄箱の奥へ突っ込んだ。


すぐさま、周りに誰かいないか確認。



朝練前だから誰もいない。


安堵のため息をつく。


(こんなスリルを毎回味わうのか!?)


万が一、誰かが見ていたという事を想像してみる。



『高柳が柏木さんにラブレター出してたぞ、今時ラブレターだって、ダセぇ(笑)』


うわぁ…最悪だ。


ただのキモイ男、またはイタイ男だ。


「勘弁してくれよ…」


何でわざわざ手紙なんだよ。

メールの方が数倍楽じゃん。


でも、何故かルウコの願いをきいてやりたくなる。


美人だとか、そういう感情じゃなくて、ただ寂しいだろうな、って思うし…

「ソウ?朝練始まるぞ」


後ろから声をかけられて、ビクッとなった。


ゲームシャツを着た幹太がいた。


「あ…、今行くわ」


ボクは不自然な笑顔で言った。


「何か具合悪いのか?顔色、変だけど」


幹太は首を傾げている。


「え!?何だよ、オレ元気だよ!!」


ボクは幹太にジャンプしてみせたり、幹太が持っていたボールをリフティングしてみせた。


幹太はそんなボクを怪訝そうに見てたけど、



「ま、いいや。早く行こうぜ」


と先に歩いて行ってしまった。


幹太は単純で鈍いから助かる。



ボクはもう一度、ルウコの下駄箱を見てから朝練に向かった。

HRが始まって、眠い目をこすりながらも意識は後ろの席に集中していた。


カサカサ紙の音が聞こえるだけでも、口から心臓が出そうになる。



(見てるのか…?)


怖くて後ろを振り向けない。


よし、寝たフリをしよう!そう決めて、机に突っ伏そうとしたら…


トントン、と背中を叩かれた。



恐る恐る振り返ると、ルウコが満面の笑みでボクを見ていた。



「ソウちゃん、おはよう」

「あ、うん。おはよう」


ぎこちなく返事をした。


そんなボクにルウコはルーズリーフを見せた。


ボクが書いた手紙だ。


「ありがとう。すっごい嬉しい」


笑顔で言うルウコに、ボクは焦って言った。


「ば…っ、お前、ルウコ!何やってんだよ、恥ずかしいからしまっとけよ!」


ルウコはキョトンとボクを見てる。


そして…


ボクは自分の状況を確認した。


焦りすぎのボクは思わず立ち上がっていて、ボクの声はクラスに響くくらいデカイ。


みんながボクを見ている。


そんなボクに担任が言った。


「高柳、柏木と仲良くしたいのはわかるが、もう少し小さい声で話してくれないか?」



一気にクラス中が騒がしくなった。


「今、ルウコって呼んでた」とか「どういう関係?」とか。



顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。



慌てて席に座ると、クラス1調子がいい男が言った。


「ソウ、お前、柏木さんと付き合ってるのか?」


冷やかしてるけど、確かコイツもルウコファンの一人だった。


「うるせーな、違うよ、バーカ」


ボクがそう言うと、ルウコがボクの腕を掴んだ。



「ソウちゃんとあたし、友達なの。すっごい仲いいの。あたし、ソウちゃん大好きだから」




はい!?


ルウコはボクを見てニッコリ笑う。



唖然とするボクとは反対にクラス中が騒然となった。