お通夜が終わって、親族の人は控え室に行ったみたいだけど、ヒロの友達がいっぱい来ているから会場にビールやジュースが運ばれてきた。
「うらら、今日ドコに泊まるの?」
同級生の子が言った。
あたしはタバコに火をつけて首を振った。
「あたし最終で帰る」
「は?お前何言ってんだ?」
あたしの話を西が聞いていたみたいで両手にビールを持ちながら言った。
「だから、最終で帰るって」
もう一度繰り返した。
「何で告別式出ないんだよ、それはひどくないか?」
あたしは西の片手からビールを取った。
「だって、あたしのリアルはここにはないもん。理解したくない。だからいても意味がない」
缶ビールのフタを開けると西の方へ向けた。
そして、西のビールに乾杯のようにビールをぶつけた。
「オレ、練習しすぎて喉渇いてるんだよ」
あたしがヒロのように喋ると西は「え?」と言った。
「ういーっす。ご苦労」
それは、ヒロがビールを飲む時必ず言ってた言葉。
西はようやく理解したみたいで、あたしのビールに自分のビールをぶつけた。
「あたしのリアルはこれ。だから、いいの」
西とあたしはちょっとだけ笑顔になった。
帰りのJRのワゴン販売であたしはヒロが好きだった銘柄のビールを3本買った。
続けざまにビールを飲む。
「うらら、ビール!!」
よく電話きてたな。
何であたしがって思いながらコンビニで買っていってた。
ヒロの部屋の万年床のそば、窓に寄りかかる場所があたしの指定席。
人がせっかくビール買ってきても、譜面を部屋いっぱいに散らばせて譜面ばっかり見てた。
ベースの低いボーンって音、好きだった。
あたしの相談もいつもヒロの思いつきで解決されてたかも。
考えてるうちに涙が後から後から止まらなくて、それでもあたしはビールを飲んだ。元々苦いけど、いつもより余計苦く感じる。
中3の時、「吸ってみれば?」って言われて吸ってみたセブンスター。
苦しくてゲッホゲホむせた。
「手紙で書けばOKだろ?」何でも手紙で済まそうとする。
「ぶざけんなって殴ってやればいいんだよ!オレがお前の立場だったらどう思う?助けてやりたいって気持ちどう思うんだよ!」
一緒に笑ったけど、たくさんケンカもした。
「ヒロ、北斗七星ってどれかわかる?」
「あれだろ?」
「あれカシオペア座」
何で、北斗七星とカシオペア座間違うんだろう・・・。
声を上げて泣きそうになった。
(イヤだよ・・・、死んじゃうなんてズルイよ・・・)
認めたくなかった。
信じたくないんだってば。違うんだって思いたいんだって・・・
これが現実だって言うならあたしは耐えられない。
こんなに苦しくて辛くてどうにも出来ない気持ちならいっそ忘れてしまいたい。
心の奥のずーっと奥の引き出しの中に押し込めてしまいたい。
あたしは帰りのJRの中、泣きながらそう決めた。
ヒロとの思い出は心の奥にしまってカギをかけてしまおう。
それじゃなきゃ、あたしは絶対立ち直れないから。
************
21歳のあたしは罪ばっかりを繰り返す。
鏡に写る自分の姿はヒロの親友だったあたしでも、サトを純粋に好きだったあたしではないです。
そこにいるのは腐食していくあたしがいます。
『うららはアホな事に便乗しない』
ヒロがあたしに言ってくれた言葉。
そんなあたしはもういないのかもしれない・・・。
************
ヒロの死・・・・。
それはあたしの心のずーっと奥でいつもグルグルと渦を巻いている。
きっとこの先、何年、何十年経っても、それはいつもグルグルと変わらない。
ヒロの死からしばらくして、チイから手紙がきた。
長い手紙には、ヒロがどんな風だったかがいっぱい書いてあった。
あたしが引っ越してからのヒロの様子。
そしてヒロの写真がいっぱい入っていた。
あたしはそれを箱にしまって見えない所に置いた。
携帯を見ながらあの箱はどこへしまったかな?と思った。
(ダメだ!思い出さないって決めたんだから)
頭をブンブンと振っていると
「メイさん、指名入りました」
と、黒服があたしに言った。
「あ、はい」
あたしは立ち上がる。
あたしが住んでる5大都市のひとつ。
この飲み屋街を日本で知らない人はいないと思う。
あたしはキャバ嬢として働いていた。
友達に誘われて働き始めたキャバクラで、OLになった今でもあたしは働いていた。
理由は単純。「お金」
どうしよもない男と付き合っているあたしにはお金が必要だから。
借金まみれのその男のためにあたしは働いている。
「さて・・・」
ここではあたしは「うらら」ではなく「メイ」。
何がいいのか、結構人気も出てきた。
鏡で自分の姿を確認すると
「今日も稼ぐかなー」と言った。
同僚のキャバ嬢の子が「ヘルプ呼んでね」と声を掛けてきた。
「OK」あたしは笑ってピースをした。
そして黒服の後をついて行く。
あたしは夜の仕事をしている事を誰にも言ってない。
「こんばんは。メイです」
名刺を出しながら、満面の笑み。
こんな姿、親友のチカにも当然サトにだって見られたくない。
夜の世界で働いてから、あたしの性格は随分変わったと思う。
「単純」ってサトが笑っていたあの頃のあたしではないと思う。
オジサン相手に面白くもないのに笑って、新しく入ってきた新人を注意したり、お酒を飲んだらすぐ酔っ払ってたのに、すっかり強くなってしまった。
昼間はパソコンと向き合ってアクビをかみ殺してのOL生活。
OLの給料も悪いわけではないけど、そのお金じゃ彼氏の借金は全然消えない。
夜の仕事の1ヶ月に稼ぐ何十万というお金はプライドも何もない彼氏へほとんど消えていく。
「うらら、ごめんな」
と言いながらお金を受け取るこの男にあたしはどうしてしがみついているんだろう?
何だか、あたしは自分が段々汚れていくのがわかって、意味がないのはわかっているけど、異常なくらいに手を何度も洗うようになった。
そんな事をしてもあたしはどんどん腐食していく・・・。
「うららは普通に生きるんだよ」
ヒロが遠い昔に言ってたあたしは、もういないのかもしれない。
あたしが店に出勤した時にはもう開店前のミーティングが終わっていた。
毎日のように入ってくる新人。
今日は1人だけみたいだった。
「メイさん」
声を掛けられて振り向くと、黒服が新人と並んで立っていた。
「この子、今日からの新人で・・・」
黒服の言葉にあたしはその新人をたいして見もしないで「ふーん」と言った。
それでも、2人でボサっと立っているからあたしは不思議に思った。
「だから何?」
あたしが眉間に皺を寄せると、新人が「うららでしょ?」と言った。
「はい?」
あたしは改めてその新人を見た。
何だろう?どっかで見た事あるような・・・
お世辞にも決して美人とも可愛いとも言えないこの子に見覚えがある。
「メイさんと友達だって言うんで・・・」
黒服もちょっと当惑した顔だった。
あたしはその子をジロジロと眺めた。
「見た事あるかもね。で、あなた誰?」
その子はパっと明るい顔になり「ユカリだよ!高校の時、バイト一緒だったでしょ?」と言った。
(あー・・・、コンビニでバイトしてた時いたかも)
あんまりシフトが一緒になる事はなかったけど、確か同じ歳だった。
「ユカリちゃん。うん、記憶にあるよ」
あたしはニッコリ笑った。
「知ってる人いて良かったー。私、前の店でも人間関係上手くいかなくて・・・」
ユカリが安心した笑顔で喋りだした途端にあたしは被せるように言った。
「でも、あたしは「メイ」だから。本名呼ぶのやめてくれない?それに、ここではあなたは新人。ウチの店、上下関係はしっかりしてるの。そこは守ってくれないと困る」
あたしの言葉にユカリは唖然とした。
「あんたも」
あたしは黒服に言った。
「あたしの事、知ってるとか何とかで面倒な事させないでよ。疲れる」
自分の定位置に座ると
「メイ怖いわー」
と声がした。
「あ、マリナさん。おはようございます」
この店、NO.1のマリナさんが笑っている。
「友達なんでしょ?冷たいねー」
タバコに火を点けながらマリナさんは言った。
「上下関係はハッキリさせるって言ったのマリナさんでしょ?」
「あははは、そうだった。忘れてた」
あたしがこのお店に入った時、あたしの教育係になったのがマリナさんだった。
「それに、あの子、ユカリちゃんは多分・・・」
「あの見た目なら『脱ぎ専門』になるだけだからね」
あたしの言葉の続きをマリナさんが言った。
『脱ぎ専門』とは言葉通りで、お客を取れない子、見た目がイマイチな子に科せられるキャラ。
サービスタイムという時間がこの店にはあって、派手な音楽が鳴ったら、そのキャラの子達は全裸になって踊って盛り上げる。
盛り上げると言っても、客は大爆笑するのがほとんどだからただの客寄せピエロ。
それがイヤで泣きながら辞めていく子は何人もいる。
ユカリが入ってしばらく経った。
予想通り、ユカリはお客が取れないで、ヘルプについている教育係の子にもイヤな顔をされていた。
「人の気もしらないで、メイのヘルプにつきたいってうるさいんだけど」
教育係の子がイライラしながらあたしに言ってきた。
「え?あたし関係ないじゃん。知らないよ」
「だって、メイの友達だってうるさいんだよ?あんた面倒見てよ。ドジだし空気読めないし、最悪だから」
「余計イヤ」
あたしはタバコをゆっくり吸った。
「メイ」
マリナさんに呼ばれて「何ですか?」と言った。
「そろそろ教えてあげたら?あの子の未来」
「あたしが?何でですか?」
「友達だっていうんだからさ。あんたの席につかせて脱がせなよ」
あたしはうんざりした顔をした。
「それはオーナーとか、マリナさんがやる事ですよね?何であたしが・・・」
マリナさんの美人な顔が意地悪な笑顔になった。
「面白いから」
あたしはため息をついた。
上下関係は絶対で、マリナさんの言う事は聞かなくてはいけない。
マリナさんはこの時代のまさに『完璧なキャバ嬢』そのものだ。
噂では一月に百万以上稼ぐと言われている。
マリナさんに嫌われると干させる。そんな噂もある。
幸いあたしは好かれてるみたいだけど。
あたしが入ってそんなに経たない頃、
たまたま、あたしは場内指名が入ってマリナさんのヘルプについていなかった。
代わりに新人の子がヘルプについていた。
マリナさんの客は上客が多い。
お昼の顔で有名なキャスター。
FMラジオの人気DJ。
あたしの街に住んでいる日本で有名な脚本家。
その日も確か、どこだかの社長が来店していた。
「脱げって言ってんだろ!!」
店中に響くマリナさんの声。
あたしはビックリして振り返った。
新人はガタガタ震えていた。
「満足に水割り一つ作れないくせに、あたしの顔に泥ぬんのかよ!」
怒鳴りつけた後、マリナさんは怖いくらい冷たいキレイな顔で笑っていた。
「ちょっと」黒服を呼ぶ。
「音楽かけて。早くしろ!」
黒服は慌ててホールを出た。
すぐに派手な音楽がなる。
「ほら、脱げよ」
髪を掴んで新人を立たせる。
新人は泣きながら服をドンドン脱いでいく。
「踊れよ」
タバコをくわえて笑うマリナさん。
客の社長も一緒に笑っている。
音楽であんまり声は聞こえなかったけど、マリナさんはその新人に
「この世界は弱肉強食なの。わかるかな?バカだからわかんない?」
笑顔でいつもの客に見せる甘ったるい声で言った。
マリナさんは怖い。
でも、この世界で、お金を稼ぐにはどうすべきかを知っている。
あたしはこのキレイなキャバ嬢を身震いして見ていた。
あたしはしばらく考えていた。
「マリナさん」
声を掛けると「どうしたの?」と返事が来る。
「やっぱり・・・、あたしには出来ない。教育係でもないし、そんな事出来る立場じゃないです」
「あらぁ?メイだって結構一人前になったと思うけど?大丈夫よ。オーナーにはあたしから言っておくし、そんな心配しなくていいって」
笑顔で言われても、あたしは複雑な顔のまま。
「それともぉ」
マリナさんは立ち上がってあたしの首に手を絡ませる。
「出来ない?あたしのお願いなんだけどなー。メイ、出来ない?」
ダメだ。
この人はこの店のトップだ、何を言っても無駄だ。
「・・・大丈夫です。何とかしますから」
あたしはやり切れない気持ちで言った。
マリナさんはあたしの答えにニッコリと微笑む。
「メイはあたしの大事な子だからね、いい子だもんね」
やっぱりこの人は怖い・・・。
あたしがマリナさんのそばを離れると、ユカリの教育係の子が寄ってきた。
「メイ、あんた大丈夫なの?あたしだって出来ないよ」
「うん・・・、しょうがないもん。いずれはこうなるって知ってたし、あたしが言うしかないんだから諦める」
「無理するんじゃないよ?イヤがったら諦めなよ?あたしも一緒にマリナさんに謝るからさ」
あたしは一息ついて、その子に笑顔を向けた。
「あたしが欲しいのはお金だから。友情とかそんなのじゃないから、だから平気だよ。あたしが・・・ユカリの未来を決める」