人生でいちばん割のいい仕事は、御まる洗いだった。
そう言うと、たいていの人は笑うか、鼻をつまむ。どちらも正しいと思う。ただ、その仕事にありつくまでの話は、長月も二十日を過ぎた月の出の遅い晩から始まる。
西の市で絹を商っていた長者が死に、私たち泣き女衆はその野辺送りに雇われていた。
松明の火が棺をかつぐ男たちの肩を赤く濡らしている。棺の後ろには親類縁者が黒い袖を連ね、そのさらに後ろを近所の物見高い連中がぞろぞろとついてくる。泣き女の稼ぎはこの見物の数で決まると言っていい。見る目が多いほど、家というものは泣き声の大きさで格を競いたがるからだ。
しとしとなら一文、さめざめなら三文、袖を絞るほどの号泣なら十文。鼻水は別料金。
叔母の時雨が決めた、泣き女衆の品書きだ。今夜の私は棺のすぐ後ろで喪主の後家さまと肩を並べ、十文の号泣を仰せつかっていた。
号泣というのは、ただ声を張り上げればいいというものではない。はじめは細く、息に混ぜるように。それが途切れ途切れになって、ふいに堰を切る。堰を切ったら、今度は声を惜しまない。天を仰ぎ、地に伏し、故人の名を呼ぶ。名を呼ぶのが肝心だ。人は、誰かが大切な名を呼ぶ声にことのほか弱い。
涙は出さない。品書きにないからだ。鼻水は出す。別料金だからだ。
胸の中を祭りの翌朝の河原のようにがらんとさせて、その空っぽの胸から声だけを響かせる。空っぽのほうが、よく響く。太鼓と同じだ。
異変に気づいたのは、野辺へ向かう坂にさしかかったあたりだった。道端の築地の上に白いものがうずくまっている。
猫だ。白い毛並みの、品のいい唐猫。金色の目を細めて、揺れる棺をじっと見下ろしている。
うちの猫である。名を、かぐやという。
もとは後宮の梅壺で更衣さまに飼われていた猫だ。主を亡くしてから私についてくるようになり、季節がふたつ過ぎたいまでは鴨川べりの泣き女衆の家にすっかり居ついている。飯をくれる者についていく。猫というのはそういう生き物らしい。私も人のことは言えない。
困ったことに、かぐやは弔いが好きだった。正しくは、棺の上の供え物が好きだった。
今夜の棺の上には見事な干し鯛が載っていた。
かぐやの尻がぴくりと持ち上がった。
まずい、と思った。猫が棺をまたぐと、死人が起き上がる。昔からそう言われている。言われているだけならいいのだが、うちの猫は見えないものを見る。境を越える。言われていることを本当にやりかねない。
白い影が築地を蹴った。
私は泣き声を途切れさせないまま、足をもつれさせた。――ふりをして、棺に倒れかかった。
「旦那さまあ……!」
棺の上に身を投げ出し、両腕でしかと抱きかかえる。胸の下で、ふぎゃ、とくぐもった声がした。棺の蓋と私の腹のあいだにかぐやが挟まっている。構わず、全身の重みをかけた。
「行かないでくださいまし、旦那さまあ、まだ、まだ早うございます……!」
起き上がられてなるものか。死人が棺から出てきたら、泣き賃がふいになる。
腹の下でかぐやが抗議するようにもがく。私はそれを押さえこみながら、棺にすがって泣きに泣いた。取りすがり泣きは本来、品書きにない芸である。
そのとき、すぐそばでどさりと重い音がした。後家さまが膝から崩れ落ちていた。
通夜のあいだも入棺のときも、一度として泣かなかった人だ。長者の商いを実のところ切り盛りしてきたのはこの人だと近所ではもっぱらの噂で、弔いの段取りから泣き女の値切りまで顔色ひとつ変えずにやってのけた。その人が道の土に両手をつき、子どものように声を上げて泣いていた。
ああ、と私は思った。これがあるから、この商売はやめられない。
私の声は嘘だ。けれど嘘の声は、ときに本物の呼び水になる。泣きたくても泣けずにいる人の、胸の底の涸れ井戸にひとしずく垂らしてやる。するとそこから、本物が噴き上がってくる。
腹の下で、かぐやが恨めしげにひと声鳴いた。
野辺送りがすっかり済んだのは、夜もだいぶ更けてからだった。屋敷の裏口で、後家さまは泣き腫らした目のまま時雨の掌に銭を載せた。
「号泣の十文と、取りすがりの分と……」
「それから、鼻水の分も」
時雨はしれっと言った。
「鼻水」
「別料金になっておりますので」
後家さまはしばらく時雨の顔を眺め、それからほんの少しだけ笑った。泣いたあとの人の笑顔は、洗いざらしの布に似ている。色は抜けているのに、どこか清々しい。
「あんたたちのおかげで、やっと泣けたよ」
後家さまは言い値よりも多く銭を重ねた。時雨の数珠がぱちりと嬉しそうに鳴った。
――やっと泣けたよ。
帰り道になっても、その声はまだ耳の奥に残っていた。ああいうことを言われるたびに、胸のどこかがきしりと鳴る。
私は、自分の涙で泣いたことがない。
七つのとき、昴の母親の棺の前で流した涙も、春の後宮で流した涙も、死んだ人から借りた涙だった。素手で死人に触れれば、その人の最後の想いが流れこんで私の目から勝手にあふれる。けれど私自身の胸から湧いた涙は、生まれてこのかた一粒もない。
品書きにないものは、売れない。持っていないものは、なおさらだ。
あの春から、季節がふたつ過ぎた。
あれから昴は月に一度か二度、椿餅を届けに来る。時雨の留守の昼を星でも読むように正確に見計らって。私が「泣き虫」と呼ぶと、白玉のような顔は眉ひとつ動かさずに椿餅をひとつ増やす。黙らせたいのか、甘やかしたいのか、よくわからない。どちらにしても私の得だ。
猛のほうは時雨のいる夕餉どきを見計らってくる。こちらは叔母の芋の煮物が目当てだ。わかりやすくて、たいへんよろしい。
七条の辻に、牛車が一輛とまっていた。
網代の屋形に、青みがかった下簾。こんな夜更けに、こんな場末で見かける車ではない。
それより先に、握り飯の匂いがした。
「よう」
牛車の陰から、大きな影がのっそりと現れた。日に焼けた顔に、丸太のような腕。腰に下げた包みの形で、誰だかわかる。
「猛? なんで、こんなところに」
「頭中将さまの言いつけでな。この車の供をしてる」
猛は時雨に向かってぺこりと頭を下げた。
「時雨さん、この前の芋の煮物、うまかった」
「褒めても、次からはお代をいただくよ」
そのとき、簾の内から声がした。
「遊部の子」
時雨の数珠が、ぴたりと鳴りやんだ。
あそびべ。聞いたことのない言葉だった。なのに、どこかで聞いたことがあるような気もした。耳ではなく、もっと奥のほうで。
「……人違いです。私は、泣き女の露で」
「その露に、用があるのです」
簾がわずかに巻き上げられ、女の顔がのぞいた。
四十路を少し越えたくらいだろうか。碁石のような人だ、と思った。つるりと艶があって、触れればひやりとしそうで、盤のどこに置かれるかで意味が変わる。焚きしめた薫物の香りが夜気にまじって流れてきた。どこかで嗅いだことのある匂いだった。どこでだったかは、思い出せなかった。
「お久しゅうございます、時雨どの」
時雨はすぐには答えなかった。
「……泣き女は、生きてる客の顔は覚えない性分でしてね」
低い声だった。物干し竿のような背筋がいつもよりさらに伸びている。
女は大弐の典侍と名乗った。後宮に仕える上臈の女房だという。
「後宮に、泣く者が要ります」
「御所でお弔いですか。そりゃあ、ご大層な」
口を挟んだのは私だ。典侍は静かに首を振った。
「内裏に、弔いはありません。内裏では、誰も死なないのですから」
春に聞いた話を思い出した。日暮れに内裏を下がったことにされ、翌朝、里の寝床で亡くなったことにされた人の話を。
「お断りだよ」
時雨が私の前に半歩出た。
「この子は、やらない」
典侍は時雨ではなく、私を見ていた。
「月に米三石。ほかに絹を二疋」
米三石。握り飯に直すと何個になるのか、とっさに勘定が追いつかない。猛の喉がごくりと鳴った。足もとでかぐやの喉も鳴った。
「あなたの母君も、かつて同じお務めをしておられました」
そうですか、と私は言った。母のことは、よく覚えていない。覚えていないことにしている。
ただ、私の袖をつかむ時雨の指が痛いほど強くなったのはわかった。
「ひとつだけ、先に申し上げておきます」
典侍は私の目を見た。
「死者を送るには、真の涙が要ります。嘘の涙は、死者には届きません」
私は思わず笑ってしまった。
「なら、やっぱり人違いですよ。私は商売では涙を出しません。出すときは、死んだ人のを借りてくるときだけで」
「存じております」
典侍は眉ひとつ動かさずに言った。
「だから、あなたなのです」
意味がわからなかった。わからないものには、関わらないに限る。
「……謹んで、お受けいたします」
口が勝手に答えていた。米三石のせいだ、と思うことにした。
時雨は長いこと黙っていた。数珠の珠がひとつだけ、ぱちりと鳴った。
「――同じ顔で、同じ返事をするんじゃないよ」
「誰と」
時雨は答えなかった。かわりに典侍のほうへ向き直った。
「米は、うちの釜に直に届けておくれ」
「承知しております」
叔母は、やっぱり叔母だった。
牛車に乗りこもうとした私の袖を、時雨がもう一度だけ引いた。
「いいかい、露。向こうで、自分の涙だけは流すんじゃないよ」
「わかってる」
「わかってる顔じゃないから、言ってるんだよ」
そう言うと、たいていの人は笑うか、鼻をつまむ。どちらも正しいと思う。ただ、その仕事にありつくまでの話は、長月も二十日を過ぎた月の出の遅い晩から始まる。
西の市で絹を商っていた長者が死に、私たち泣き女衆はその野辺送りに雇われていた。
松明の火が棺をかつぐ男たちの肩を赤く濡らしている。棺の後ろには親類縁者が黒い袖を連ね、そのさらに後ろを近所の物見高い連中がぞろぞろとついてくる。泣き女の稼ぎはこの見物の数で決まると言っていい。見る目が多いほど、家というものは泣き声の大きさで格を競いたがるからだ。
しとしとなら一文、さめざめなら三文、袖を絞るほどの号泣なら十文。鼻水は別料金。
叔母の時雨が決めた、泣き女衆の品書きだ。今夜の私は棺のすぐ後ろで喪主の後家さまと肩を並べ、十文の号泣を仰せつかっていた。
号泣というのは、ただ声を張り上げればいいというものではない。はじめは細く、息に混ぜるように。それが途切れ途切れになって、ふいに堰を切る。堰を切ったら、今度は声を惜しまない。天を仰ぎ、地に伏し、故人の名を呼ぶ。名を呼ぶのが肝心だ。人は、誰かが大切な名を呼ぶ声にことのほか弱い。
涙は出さない。品書きにないからだ。鼻水は出す。別料金だからだ。
胸の中を祭りの翌朝の河原のようにがらんとさせて、その空っぽの胸から声だけを響かせる。空っぽのほうが、よく響く。太鼓と同じだ。
異変に気づいたのは、野辺へ向かう坂にさしかかったあたりだった。道端の築地の上に白いものがうずくまっている。
猫だ。白い毛並みの、品のいい唐猫。金色の目を細めて、揺れる棺をじっと見下ろしている。
うちの猫である。名を、かぐやという。
もとは後宮の梅壺で更衣さまに飼われていた猫だ。主を亡くしてから私についてくるようになり、季節がふたつ過ぎたいまでは鴨川べりの泣き女衆の家にすっかり居ついている。飯をくれる者についていく。猫というのはそういう生き物らしい。私も人のことは言えない。
困ったことに、かぐやは弔いが好きだった。正しくは、棺の上の供え物が好きだった。
今夜の棺の上には見事な干し鯛が載っていた。
かぐやの尻がぴくりと持ち上がった。
まずい、と思った。猫が棺をまたぐと、死人が起き上がる。昔からそう言われている。言われているだけならいいのだが、うちの猫は見えないものを見る。境を越える。言われていることを本当にやりかねない。
白い影が築地を蹴った。
私は泣き声を途切れさせないまま、足をもつれさせた。――ふりをして、棺に倒れかかった。
「旦那さまあ……!」
棺の上に身を投げ出し、両腕でしかと抱きかかえる。胸の下で、ふぎゃ、とくぐもった声がした。棺の蓋と私の腹のあいだにかぐやが挟まっている。構わず、全身の重みをかけた。
「行かないでくださいまし、旦那さまあ、まだ、まだ早うございます……!」
起き上がられてなるものか。死人が棺から出てきたら、泣き賃がふいになる。
腹の下でかぐやが抗議するようにもがく。私はそれを押さえこみながら、棺にすがって泣きに泣いた。取りすがり泣きは本来、品書きにない芸である。
そのとき、すぐそばでどさりと重い音がした。後家さまが膝から崩れ落ちていた。
通夜のあいだも入棺のときも、一度として泣かなかった人だ。長者の商いを実のところ切り盛りしてきたのはこの人だと近所ではもっぱらの噂で、弔いの段取りから泣き女の値切りまで顔色ひとつ変えずにやってのけた。その人が道の土に両手をつき、子どものように声を上げて泣いていた。
ああ、と私は思った。これがあるから、この商売はやめられない。
私の声は嘘だ。けれど嘘の声は、ときに本物の呼び水になる。泣きたくても泣けずにいる人の、胸の底の涸れ井戸にひとしずく垂らしてやる。するとそこから、本物が噴き上がってくる。
腹の下で、かぐやが恨めしげにひと声鳴いた。
野辺送りがすっかり済んだのは、夜もだいぶ更けてからだった。屋敷の裏口で、後家さまは泣き腫らした目のまま時雨の掌に銭を載せた。
「号泣の十文と、取りすがりの分と……」
「それから、鼻水の分も」
時雨はしれっと言った。
「鼻水」
「別料金になっておりますので」
後家さまはしばらく時雨の顔を眺め、それからほんの少しだけ笑った。泣いたあとの人の笑顔は、洗いざらしの布に似ている。色は抜けているのに、どこか清々しい。
「あんたたちのおかげで、やっと泣けたよ」
後家さまは言い値よりも多く銭を重ねた。時雨の数珠がぱちりと嬉しそうに鳴った。
――やっと泣けたよ。
帰り道になっても、その声はまだ耳の奥に残っていた。ああいうことを言われるたびに、胸のどこかがきしりと鳴る。
私は、自分の涙で泣いたことがない。
七つのとき、昴の母親の棺の前で流した涙も、春の後宮で流した涙も、死んだ人から借りた涙だった。素手で死人に触れれば、その人の最後の想いが流れこんで私の目から勝手にあふれる。けれど私自身の胸から湧いた涙は、生まれてこのかた一粒もない。
品書きにないものは、売れない。持っていないものは、なおさらだ。
あの春から、季節がふたつ過ぎた。
あれから昴は月に一度か二度、椿餅を届けに来る。時雨の留守の昼を星でも読むように正確に見計らって。私が「泣き虫」と呼ぶと、白玉のような顔は眉ひとつ動かさずに椿餅をひとつ増やす。黙らせたいのか、甘やかしたいのか、よくわからない。どちらにしても私の得だ。
猛のほうは時雨のいる夕餉どきを見計らってくる。こちらは叔母の芋の煮物が目当てだ。わかりやすくて、たいへんよろしい。
七条の辻に、牛車が一輛とまっていた。
網代の屋形に、青みがかった下簾。こんな夜更けに、こんな場末で見かける車ではない。
それより先に、握り飯の匂いがした。
「よう」
牛車の陰から、大きな影がのっそりと現れた。日に焼けた顔に、丸太のような腕。腰に下げた包みの形で、誰だかわかる。
「猛? なんで、こんなところに」
「頭中将さまの言いつけでな。この車の供をしてる」
猛は時雨に向かってぺこりと頭を下げた。
「時雨さん、この前の芋の煮物、うまかった」
「褒めても、次からはお代をいただくよ」
そのとき、簾の内から声がした。
「遊部の子」
時雨の数珠が、ぴたりと鳴りやんだ。
あそびべ。聞いたことのない言葉だった。なのに、どこかで聞いたことがあるような気もした。耳ではなく、もっと奥のほうで。
「……人違いです。私は、泣き女の露で」
「その露に、用があるのです」
簾がわずかに巻き上げられ、女の顔がのぞいた。
四十路を少し越えたくらいだろうか。碁石のような人だ、と思った。つるりと艶があって、触れればひやりとしそうで、盤のどこに置かれるかで意味が変わる。焚きしめた薫物の香りが夜気にまじって流れてきた。どこかで嗅いだことのある匂いだった。どこでだったかは、思い出せなかった。
「お久しゅうございます、時雨どの」
時雨はすぐには答えなかった。
「……泣き女は、生きてる客の顔は覚えない性分でしてね」
低い声だった。物干し竿のような背筋がいつもよりさらに伸びている。
女は大弐の典侍と名乗った。後宮に仕える上臈の女房だという。
「後宮に、泣く者が要ります」
「御所でお弔いですか。そりゃあ、ご大層な」
口を挟んだのは私だ。典侍は静かに首を振った。
「内裏に、弔いはありません。内裏では、誰も死なないのですから」
春に聞いた話を思い出した。日暮れに内裏を下がったことにされ、翌朝、里の寝床で亡くなったことにされた人の話を。
「お断りだよ」
時雨が私の前に半歩出た。
「この子は、やらない」
典侍は時雨ではなく、私を見ていた。
「月に米三石。ほかに絹を二疋」
米三石。握り飯に直すと何個になるのか、とっさに勘定が追いつかない。猛の喉がごくりと鳴った。足もとでかぐやの喉も鳴った。
「あなたの母君も、かつて同じお務めをしておられました」
そうですか、と私は言った。母のことは、よく覚えていない。覚えていないことにしている。
ただ、私の袖をつかむ時雨の指が痛いほど強くなったのはわかった。
「ひとつだけ、先に申し上げておきます」
典侍は私の目を見た。
「死者を送るには、真の涙が要ります。嘘の涙は、死者には届きません」
私は思わず笑ってしまった。
「なら、やっぱり人違いですよ。私は商売では涙を出しません。出すときは、死んだ人のを借りてくるときだけで」
「存じております」
典侍は眉ひとつ動かさずに言った。
「だから、あなたなのです」
意味がわからなかった。わからないものには、関わらないに限る。
「……謹んで、お受けいたします」
口が勝手に答えていた。米三石のせいだ、と思うことにした。
時雨は長いこと黙っていた。数珠の珠がひとつだけ、ぱちりと鳴った。
「――同じ顔で、同じ返事をするんじゃないよ」
「誰と」
時雨は答えなかった。かわりに典侍のほうへ向き直った。
「米は、うちの釜に直に届けておくれ」
「承知しております」
叔母は、やっぱり叔母だった。
牛車に乗りこもうとした私の袖を、時雨がもう一度だけ引いた。
「いいかい、露。向こうで、自分の涙だけは流すんじゃないよ」
「わかってる」
「わかってる顔じゃないから、言ってるんだよ」

